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「……もういいんじゃないの?」
突然女が口を開いた。 その声もやはり自分には心当たりの無い、綺麗ではあるが聞いたことも無い声色だ。
「な、何が……っだよ!」
道の真ん中に落ちていたひときわ大きな落枝の薄いところにタイヤを進ませながら返事をする。
踏み崩した枝の感触を間接的に足で感じる。
「いえ、まだ行けそうならそれでいいわ」
そういって女は口角を上げながら瞳を閉じた。
全く薄気味の悪い。 どうして俺は暗い山の中をこんな女と一緒に走っているんだろうか?
車内は静まり返っている。 息苦しいほどに。
ああ、早くここから抜け出したい。
「無理よ……ここからなんて一生抜けられないわ」
女がまた唐突につぶやく。
「…………そうか」
内心の言葉を言い当てられて驚きはしたが、いま集中を欠けば転落してしまうので淡白に受け流す。
チラリと助手席の向こう側を見ると、街の明かりも星空さえも見えないただただ無機質な暗闇だけが見えて、その先には何も存在しない虚無のように思えた。
「ええ、こちら側には何も無いわ」
また思ったことを言い当てられて振り向く。
そこで初めて女も俺に顔を向ける。
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