『ひぃ…ひぃ…ひぃ』

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 ギザギザと尖ってはいない。 普通の人間の歯だ。 それが音に合わせてパクパクと動いている。  発していた言葉はここまで近づいてくれれば聞こえてくる。 「ひも…じい…よ…ひも…じい…よ…ひも…じい…よ…ひも…じいよ…ひもじいよ」  息絶え絶えに一文字一文字を吐き出す姿はまるで助けを求めているようだ。 あるいは発狂しているようにも思える。  声色は一つ一つ違う。 一匹一匹が老若男女それぞれ違う声で同じ言葉を発している。  ひもじいよ。 ひもじいよ。 ひもじいよ。 ひもじいよ。  苦しそうに悲しそうに。 同じ言葉を何度も何度も何度も。  ああ腹が減ったものな。 何日も何日も食べないで、水も飲めないで。  虫も食べた。 木の皮も。 根も。 草も。 土すらも。 最後にはそれすらも。  不思議に彼らに対しては何も沸かなかった。   恐怖も険悪も親近さも何も沸いてこなかった。 ただあるのはそうだったよなという納得だけだった。  ズルリ。 真ん中の一匹がすべり落ちるようにひときわ低く前へ躍り出た。  瞬間、隣の一匹が彼に食いついた。 ドロリと内容物が滴り落ちる。  また別の一匹が彼に。 逆隣の一匹が。 今度は別の一匹が彼にかぶりつく。     
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