・2060年3月18日(木) 佐海蒼介

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「……この前、授業があったから書かなきゃいけないんですかね……? 確かに、早めに決めて動いた方が良いのはわかるんですけど、もうちょっと、ちゃんと考えて書きたいです。ただの、紙だとしても」 「ちゃんと考えるって……シミュレーションの結果では、もう出てたじゃないか」 俺のシミュレーションには、中堅の大学に行って、大手金融企業に入り、どこかのタイミングで結婚、家を建てるのが良いだとか。どこにでもありふれた人生設計が書いてあった。 金融企業も、結婚も、自分自身では考えたこともなかった。だからといって、その代わりに他の夢があるわけでもない。 何も見ずに、ひたすら俺は小学校の頃から野球ボールを投げて、打って、投げて。白いユニフォームを泥だらけにしていただけ。 最近、進路やこの先のことを考えると、俺は悪夢を見る。 細い、干物にされた魚のような男が、ホームランを打って無邪気に笑う俺の前に、どろりと姿を現して、こういうのだ。 長い時間を持ってるのに、佐海くんは、なんで夢がないのか? 時間の無駄遣いじゃないか? 僕は、一年後に、死ぬのに。 その言葉を聞いて、汗で額や背中をびっしょりにして、俺は起きるのだ。 職員室を後にした俺は、進路希望調査の紙を、廊下の窓から射し込む、白い冬の光にかざしてみる。そうしてみたところで、なにかが浮かび上がるわけなんてなかった。
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