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「乃音湖さんも読むかい?」
いや、読まぬ。その意を込めて首を振ってやる。声帯が人間とは異なるのだ。吾輩は人語を解するが、話すことはできぬ。もし仮に声帯が似通っていたとしても、話そうとは思わない。そのようなことをすれば、猫と人の好奇の視線に晒されるだけだと吾輩は知っている。
「だよねえ。乃音湖さんは芸術ヒャッハーだもんね」
顔を背けてやった。ひゃっはーとは何ぞや。声音からして良い意味合いではないことはわかる。芸術を小馬鹿にされるのは誠に心外である。それに、吾輩はそもそも乃音湖などという名を認めてはいない。名は体を表す。気高く気品ある者には、それにふさわしい名が必要なのだ。
だのにあの阿呆乙女は、橋の下に住まう猫だからと「橋下乃音湖」などと名付けおった。実に無粋だ。けしからん。名とは一種の芸術でもあるのだ。美を敬愛する者ならば、このことは常識でなければなるまい。雷でも落としてくれようか。
ふむ。だが、そこは吾輩、寛大な黒猫である。憤怒をまき散らすなど品性に欠けよう。美は内を究めてようやく外が伴うもの。はりぼてのようにして取り繕えるものではないのだ。
にゃ、にゃ、にゃと威風堂々座りこむ。
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