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◆其の弐 美崎珊瑚は美少女でしょう◆
「どうしたのです? 置物のように硬直して。まさか警戒しているのですか? その必要はありませんよ、黒猫さん。それは杞憂というものです。わたしは美崎珊瑚。うら若き黒髪乙女、世に言う美少女なのですから」
軽やかにお辞儀をされる。
なるほど確かに、猫からしても顔立ちは極めて端正、左右対称。両側頭に結われた黒髪もまた、左右対称に緩やかな螺旋を描いている。それから吾輩たちと同じ形、猫目と表すべきか。黒き瞳は目尻に向かってなだらかに上がり、大きい。夜空のようである。美しいと言えよう。
ではなくて。
この満ち溢れる自信は何なのだ。やたらと上気する顔はいったい何なのだ。
そして、ごてごてふりふり。この黒灰の装いは果たして何か。彼奴の古ぼけた和装とはまた異なる意味で世俗離れをしている。このような出で立ちの人間など、吾輩は見たことがない。そもそもこやつは真に人間なのだろうか。わからぬ。まるでわからぬ。
注視していると、その胸元に色味があることに気がついた。業火の如き紅色をした、玉石。今にもめらりと輝きを放ちそうで、目を離せない。吾輩は、この燃え滾る紅を知っている。そのような記憶など欠片もない。だが、いつかどこかで見た紅だと確信できる。
「むむ? これに興味をお持ちですか? 流石、わたしのお供となる黒猫さん。お目が高いですね」
いつから吾輩はこやつの付随物になったのだ。
「これはドレスというものですよ。それもドレスのなかのドレス。ゴシックのものなのです。完全な黒ではなく仄かに明るい鉄黒の素材を基調とした、夕刻の影さながらに流麗なスレンダーデザイン。そしてこの胸元や、こうした手先を覆う細やかなフリル」
少女は呼吸を整えながら服飾を身振り手振りで指し示す。汗の雫が散った。
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