駄菓子屋の大原さんのお話

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駄菓子屋の大原さんのお話

ああ。田中さんも亡くなったのか。寂しいなあ。子どもの頃にはカズオって下の名前で呼んでくれていたって言うのに。うちにもよく駄菓子を買いに来てくれていたっけ? 「田中さんはいくつで亡くなったんだ?」 放送を聞いて、外に飛び出した妻のヨシコに聞いてみる。 「99歳と10ヶ月らしいわよ。あと2ヶ月で100歳だったのにねえって、息子のトシヒコくんが言っていたわよ」 トシヒコくん……と呼ぶと小さな子どものようだが、彼ももう70歳の前期高齢者だ。糖尿病を患っているというから、そんなに長くはないかもしれない。 「若い人はいないのか。この島には」 そう言うカズオだって、もう85歳だ。妻のヨシコも80歳。風島は病院も買い物も1日3便しかない船で向こう岸まで渡らないと行けない不便なところだが、まだなんとか頑張っている。 「それがね、明日、自治会長の家の隣に若い男の子が引っ越してくるらしいのよ」 ヨシコの言葉を聞いて、思わず椅子から立ち上がる。急に立ち上がると全身が痛いが、そんなことも忘れているくらいカズオは驚いた。 「お前……脳の検査に行った方がいいんじゃないのか?」 これは妻の妄想に違いない。そう確信して疑わなかったが、ヨシコは、 「失礼ねえ。ボケてないわよ。島中の噂になっているわ」 と言って、けらけらと笑っている。 「そ、そうなのか……」 信じられないが、ヨシコはボケてはいないらしい。明日、自治会長に確かめてみないといけないなと思う。
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