佐野さんの飼い犬のポチのお話

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佐野さんの飼い犬のポチのお話

今日は天気がいい。しかも、夕方なのに暖かい。だから、お散歩日和だ。僕は、ご主人の佐野美和子に向かって、全力で尻尾を振った。 「もう。雨なら一歩も出ないくせに。ポチったら、現金な犬ねえ」 ミワコさんは、笑いながら僕に散歩用の紐をつけた。だって、雨が降ったらびしょ濡れになるんだもの。僕にだって、散歩したくない時もあるやい。むっとして、思わず吠えてしまった。 「ごめんごめん。じゃあ、行こうか」 運動靴を履いたミワコさんと一緒に夕暮れの島へ出る。海沿いを歩いていると、波のさざなみが聞こえてきてなんだか心地よい。僕がうきうきと歩いていると、急にミワコさんが止まった。 「あら……あの子……」 ミワコさんの目線の先では、ひょろっとした若い男が砂浜に立っていた。何か黒い塊を持っているけど、あれはなんだろう? 餌かな? 「ちょっと! ポチ!」 ミワコさんの手を振りきって、男のもとへと走り出す。あの黒くて四角い塊、気になる! 「うわ! 柴犬 !?」 僕が向かってきたのを見て、男は腰を抜かして座り込んでしまった。 「すみません! うちのポチが!」 ミワコさんも老体に鞭打って追いかけてきた。このくらいで息切れするなんて、鍛えようが足りないぞ! 「構いませんよ。それより、そろそろ始まると思うんですよね」 男が優しく頬笑む。どこか影のある雰囲気を感じる。寂しそうだ。 「な、何が?」 ミワコさんも僕もその言葉の意味がさっぱりわからない。目を白黒させながら、男と一緒に海を見つめた。
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