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遠見くんのお話
太陽が水平線の彼方へと沈んでいった。辺りはすっかり真っ暗だ。いよいよ俺がこの島に移り住んだ理由でもある景色が見られる。
「海が……きらきら光っている……!」
隣に立っていた散歩中の女性がその光景を見て、息を飲んだ。
「青白く光っているでしょう? なんでだと思いますか?」
海中に広がる青白い光。別に電球で照らしているわけではない。それなのに、サファイアが落ちているかのような輝きだ。
「なんでかしら……? この島には生まれた時からずっと住んでいるけど、よくわからないわ」
ここに住んでいるというのに、この景色に気が付かなかったのか。なんだかもったいない。
「夜光虫です」
それならば、今日を境に知ってほしい。この生命の溢れんばかりの輝きを。
「夜光虫!? ……っていうことは虫なの!?」
女性のひっくり返るような声に驚いたのか飼い犬らしき柴犬が吠えた。
「正確にいうと、海洋性のプランクトンです」
ネットでこの光景をひと目見た時、俺は心から感動した。夜光虫たちは、両親が亡くなってから親戚の家を転々とし、学校でも職場でもいじめられて居場所のなかった俺に生きる活力を与えてくれたのだ。
「へえ……何もない田舎の島だと思っていたけど、案外いいところもあったのね」
女性がぼそりと呟く。
「はい。俺はこの光景をカメラにおさめて、紹介したくて、ここに引っ越してきたんです」
社会人になってから引きこもっていた俺は、この風景を見るために一念発起した。がむしゃらに働き、念願叶ってたどり着いたのだ。思っていた通り、命の輝くその瞬間は、ほれぼれするほど美しかった。
ここに骨をうずめよう。俺はそう決意した。
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