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閉店日
「もう直ぐ終わりだな」と俺は独り言を言った。満州から引き上げてきた祖父が始めたこの店も、今日で閉店となる。
兄貴も兄貴だ。長男の癖に店を継ぐわけでもなく、自分で会社を起こして俺や親父の事を馬鹿にしてた癖に、親父が亡くなると遺産をよこせと来たものだ。きっと言ってたほど会社はうまくいってないんだろう。大してはやってない店だが、場所柄地価だけは高い。折半するとなるとここを売るしかない。親父が遺言状でも残してくれてたら良かったんだが。
うちの料理は祖父がハルピンで白系ロシア人のシェフから教えられた帝政ロシアの宮廷料理だというが、帝政ロシアの宮廷料理なんて本当に知っている人間など生きてはいない。何せロシア革命が起こったのは百年前のことだ。
それで閉店フェアでは帝政ロシアの宮廷料理の完全再現を試みた。祖父が帰国前に師匠のシェフから受け継いだレシピのノートをロシア史が専門の友人にたのんで翻訳し直した。材料もあちら産のものを使った。それでも客の入りはいまいちだ。店の前に看板を出しただけで宣伝も何もしてないからな。結局俺の自己満足でしかなかったわけだ。
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