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龍姫の焔
「いやでございます。たつは、たつはにいさまと別れとうございません」
青年の袴の裾をきゅっと握りしめ、いやいやと首を振る少女。とめどなくあふれる涙がぽろぽろとこぼれ落ち、彼女の青色の着物を藍に染める。
「すまぬ、たつよ。私は、まだ旅の途中。ここで留まるわけにはいかぬのだ」
「いや、いや……」
髪が乱れるのも構わず、袴に抱きつき顔を伏し、しゃくりあげる少女の姿に、青年も心を締め付けられる思いだった。
(……だが、まだ私には、成し遂げねばならぬ使命がある)
愛らしい少女から顔を逸らして目を閉じ、天を仰ぐ青年。その瞼の裏には、皮肉にも胸に秘めた使命とは裏腹に、少女との思い出が、鮮やかに蘇ってきた――。
青年の生まれ育った村。
そこは決して大きくはない山間の村だったが、物の怪退治を生業とする武芸者を輩出する家系が多く集まっていた。
――鬼や大蜘蛛。
人間とは相容れない物の怪たちは、時に人間に害をなし、古きより世を惑わす存在であった。
そして青年もまた、元服前より刀を手にし、あまたの戦場で武勲をうち立ててきた。その中でも、戦場にあふれかえる魑魅魍魎(ちみもうりょう)を退治し称えられたものが多かった。
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