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今思えば、あんな夜更けに、少女が一人でこんな山の中の境内にいるはずがない。まさか妖怪だったのでは、胸のうちにそんな疑念が湧きあがる。
(だが)
この一年。血なまぐさい戦場を駆け巡り、耳にするのは合戦で朽ちる人間や、切り捨てた物の怪たちの断末魔の悲鳴ばかり。青年にとって、まともに人らしい会話をしたのも、久方ぶりだった。
「また、会ってみたいものだな」
好意なのか、好奇心なのかは定かではなかったが、まだ節々の痛む身体を休ませることを理由にして、青年はもう一晩だけ、ここにとどまることにした。
――そして、夜。
しばらくの間、青年は寺の縁側に座っていたが、とうに人がくる気配はない。一つため息をつき、出立の明日にひびくと悪いと考え、境内に戻った。
それから、欠けて穴のあいた寺の屋根から、月が見える頃――。
青年がうとうととまどろみ始めてきた時、
「……ん、しょ。ん、しょ」
うつらうつらする意識の隙間に、そんな声が聞こえてきた。青年は空耳だと思い、眠りに足をかけていると。何か、ひんやりとしたものが額に乗せられた。
「う、ん?」
そこで、ハッと目が覚めた。手が無意識に刀に伸びるが……そこで止まる。
「あ、あの。……あの」
まさか、夢かと思った。
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