番外編 初めてのリングサイド(2)

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番外編 初めてのリングサイド(2)

 大森を先頭に青コーナーへの花道を進み、コーナーポストの前で立ち止まった大森が、振り返って友永に水のボトルを差し出した。友永は口を開けて水を受け入れた後に、数秒ゆすいでから足元の松ヤニに向かって吐き出してシューズで踏み締め、滑り止めを施した。  三枝が先にエプロンサイドに上がって肩と尻を使ってセカンドロープとサードロープの間を開けた。友永は両拳を顔の前で合わせて数度深呼吸してからタラップを駆け上がり、ロープの間をくぐってリングに上がった。観客席からの拍手と歓声を浴びながら周囲を見回した友永が、斜め前方の席に座る利伸を見つけた。利伸も友永を見ていて、目が合ったと同時に軽く会釈した。友永は口角を少しだけ上げて応じると、くるりとコーナーポストの方に向き直った。 「祐次、リラックスだぞ」 「ウッス」  三枝が声をかけ、友永が頷いた所に、リングアナウンサーの声が被った。 『赤コーナーより、平田和成選手の入場です!』  再び拍手と歓声が起こる中、対角線の花道に平田達が現れた。平田もまた、俯き加減で近づいて来る。  リングに上がった平田は、右拳を突き上げながら中を一周した。その顔には不敵な笑みが貼り付いている。三枝が水のボトルを友永に差し出すが、友永はかぶりを振った。 『只今より~第六試合、ウェルター級八回戦を~行います! 赤ぁコーナー、百四十五パウンド四分の三、サンライズ所属~、平田ぁ~、和ぅ成ぃ~!』  リングアナウンサーのコールを受けた平田が、両拳を挙げて声援に応えた。 『青ぉコーナー、百四十七パウンド~、大森所属~、友永ぁ~、祐ぅ~次ぃ~!』  コールの直後にリング中央に向き直った友永が、四方に軽く頭を下げた。  レフェリーとジャッジを紹介したリングアナウンサーが下がり、代わってリング中央に進み出たレフェリーが両選手に手招きした。友永と平田がほぼ同時に前進し、セコンドが続く。三枝が相手のセコンドと握手を交わす間、友永は平田を真っ直ぐ見据えてレフェリーの注意を聞いている。平田はやや顎を上げて見返す。  レフェリーの注意が終わると、平田が無造作に両拳を前に出した。それに対して友永は少し強めに拳を合わせてすぐに踵を返した。  三枝は友永の口にマウスピースを噛ませながら言った。 「慎重にな、まずジャブだぞ」 「ウッス」  マウスピースを噛み締めながら頷く友永に頷き返して、三枝はロープをくぐった。直後に、第一ラウンド開始のゴングが鳴り響いた。
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