番外編 初めてのリングサイド(5)

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番外編 初めてのリングサイド(5)

 勝ち名乗りを受けてKO賞の目録を受け取った友永を、三枝はエプロンサイドに立って迎えた。 「やったな、祐次」  笑顔を返した友永から目録を受け取ると、三枝は井端に告げた。 「おい、すまんが利伸を控室に連れて来てくれ」 「え? あ、オッス」  戸惑いつつ請け合った井端は、まとめた荷物を三枝に託してその場を離れた。三枝はリングを降りた友永の後ろについて、花道を引き上げた。  控室に戻ると、大森が満面の笑みで友永に話しかけた。 「ユージ、お前あのカウンター狙ってたのか?」  友永は大きく息を吐いてベンチに腰を下ろすと、肩に掛けていたタオルで顔を拭きながら答えた。 「ハイ、平田は速いテンポでワンツー打つとガード甘くなるって、前の試合の映像観て判ったんで、一ラウンドは様子見て確認して、確信持ったんで仕掛けました」  やはり、二ラウンド目の動きは平田の癖を見抜いた上での誘いだったのだ。三枝は改めて、心の中で感心した。  そこへ、井端に連れられて利伸が控室に入って来た。 「おぉ、来た来た」  三枝が言うと、友永と大森も顔を上げた。 「お、ヒョロか」  大森の言葉を聞いた利伸が、控えめに会釈した。友永は三枝にグローブを外してもらいながら利伸に訊いた。 「よぉ、どうだった?」  利伸は友永の斜め前に立って、物珍しそうに周囲を見ながら答えた。 「あ、はい。あ、おめでとうございます。あの、何か、怖かったです」 「怖かったぁ?」  横に居た井端がオウム返しに訊くと、利伸は首を井端の方に捻じ向けて答えた。 「あ、はい。最初は平田選手の方が押してる様に見えたのに、あの一発でひっくり返ったから、何て言うか、カウンターって怖いなって」  利伸の返答に三枝は思わず「ほぅ」と声を漏らした。ジムの先輩が爽快なノックアウト勝利を飾ったにも関わらず、自分に引き寄せた冷静な意見を述べられる所は、とても高校生とは思えなかった。そんな利伸を、大森が評価した。 「いいぞヒョロ。ボクシングってのはな、ああやって一瞬で決まっちまう事が多々あるんだよ。その怖さを知っておけば、この先プロになっても大丈夫だ」 「あ、はい」  いつもの様に頷いた利伸に、友永が告げた。 「後で祝勝会やるから来いよ。メイン終わったらまた呼ぶからさ」 「あ、はい。ありがとうございます」  礼を述べた利伸は、三枝達にも丁寧に頭を下げて控室から出た。丁度セミファイナルが始まるタイミングだった。 「今日セミって誰出るんだっけ?」  控室の隅に据え付けられたモニターに目を転じて、友永が尋ねた。 「ええっと確か、岩井と田代だったかな。日本タイトルの挑戦者決定試合じゃなかったか」  三枝もモニターを見ながら答える。岩井正之は日本スーパーバンタム級三位、田代健は五位にランクインしていて、今日の試合で勝った方が、チャンピオンの梅田竜太郎への挑戦権を得られるのだ。そこへ井端が口を挟む。 「まぁ勝つのは岩井っしょ。ここん所二戦連続KOッスからね」  すると大森が割って入った。 「いやー判らんぞ。田代はディフェンスが上手いから、長期戦に持ち込んだら勝機があるだろ」 「そうですね、特に田代は岩井みたいなハードパンチャー捌くの上手いですからね」  三枝が大森に同調した所で、友永が提案した。 「んじゃあ、俺は岩井が勝つ方に賭けるから、負けたらこの後の祝勝会金出すよ」 「お、言ったなユージ! それじゃあ田代に一票」  すかさず大森が乗った。井端は「あ、じゃあオレ岩井!」と何故か挙手しながら告げる。三枝は少し思案してから、唸る様に言った。 「ん~、田代、かな」 「よぉし、出揃った」  友永が言って、四人は揃ってモニターを凝視した。
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