基本編 左アッパー(4)

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基本編 左アッパー(4)

 その後、三枝が利伸に左アッパーを指導する傍らで、井端がシャドーを始めた。アウトボクサーらしくジャブ多めで、時々左右の連打を繰り出す。三枝は利伸を見ながらも、鏡越しに井端の動きをチェックした。  二ラウンズ経過して、三枝が利伸に指示した。 「よし、じゃあ今日はパンチングボール二ラウンズ叩いて腹筋やって、それで上がっていいぞ」 「あ、はい。ありがとうございました」  利伸は三枝に軽く頭を下げると、井端の脇を抜けてパンチングボールへ向かった。三枝は井端に顔を向けて告げた。 「あと一ラウンドやったらリングに上がれ。ミットやるから」 「オッス」  井端は額の汗を拭いながら頷き、床に置いたペットボトルの水を飲んだ。  パンチングボールを叩く利伸を横目に見ながら三枝がパンチングミットを取り、表面の埃をタオルで拭っていると、出入口から威勢の良い挨拶が聞こえた。 「ウォッスー!」  入って来たのは友永だった。その後ろには越中が居る。恐らく来る途中で会ったのだろう。三枝は手を止めて友永に歩み寄った。 「祐次、早速だが今日から頼むぞ」 「ウッス。任して」  不敵な笑みを浮かべて答える友永に頷き返すと、三枝は越中に目を転じた。 「済まんが、他の子達を頼む」 「あぁ、OKッス」  越中も頷いて、友永と連れ立って更衣室へ向かった。すると、事務室から大森が出て来て三枝に告げた。 「おう、バターの相手のビデオ、明日には届くから」 「そうですか、助かります」  三枝は笑顔で会釈し、綺麗になったミットを持ってリングに上がった。直後にパンチンググローブを嵌めた井端もロープをくぐる。 「よし、行こうか」  三枝の言葉に、井端は無言で頷いてファイティングポーズを取った。と同時にラウンド開始のベルが鳴り響く。  始めはジャブからのワンツー、更に左フックの返し等、オーソドックスなコンビネーションを打っていたが、やがて三枝が変化をつけ始める。 「踏み込んでジャブから右ボディストレート、右をスリップして左アッパー」  井端は軽く頷き、大きく踏み込んで左ジャブを突き刺し、身を屈めてボディへ右を伸ばす。三枝が突き出した右腕を左にヘッドスリップしてかわしてから、強引に身体を捻って左アッパーを打つが、体軸がぶれてよろめいてしまう。 「もつれてるぞ! キチンとサイドステップ入れて打てよ。もう一度!」 「オッス」  井端が表情を引き締める。今度はヘッドスリップの後に足を使い、無理の少ない姿勢でアッパーを打ち上げた。 「よーし その調子だ、もう一丁!」  ミット打ちを三ラウンズこなした所で、三枝が一旦休憩を指示した。井端は深々と頭を下げてニュートラルコーナーに背中をもたせかけ、大きく息を吐いた。そこへ、ウォーミングアップを終えた友永が声をかける。 「おいイバ、まだくたばるにゃ早ぇぞ」 「へっ、まだまだ全然ッスよ」  笑顔を作って言い返す井端は、前腕で顔の汗を拭いてからおもむろに左腕を振った。そんな井端を一瞥してからリングを降りた三枝に、着替えを終えた利伸が挨拶した。 「ありがとうございました」 「おぁ、お疲れ」  三枝の返事に頷いた利伸が、更に続けた。 「あの、この後井端さんのスパーリングありますか?」 「ん? ああ、あるよ。祐次とな」  三枝が、縄跳びの準備を始めた友永を指差して答えると、利伸が尋ねた。 「見ても、いいですか?」  三枝は微笑を浮かべて答える。 「ああ、いいよ。井端のスタイル見て勉強しな」 「あ、はい」
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