番外編 二度目のリングサイド(1)

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番外編 二度目のリングサイド(1)

 あっと言う間に一ヶ月が経ち、遂に井端の試合当日を迎えた。  三枝と井端は大森の車で後楽園ホールへ行き、予備計量を済ませて近くのファミリーレストランで昼食を摂った。試合日程が決まってからあまり日が無かったので減量も厳しかったが、久しぶりに試合ができる喜びが勝ったのか、井端は前日計量を一発でクリアしてのけた。そのおかげで気分が良いのか、井端はえらく食が進んでいた。 「おい、あんまり調子に乗って食べるなよ」  三枝が注意すると、井端は口いっぱいにコールスローを頬張りながら忙しなく頷いた。 「え〜っと、俺達は第何試合目だったっけ?」  ヒレカツ御膳を食べ終えた大森が、誰に訊くでもなく言ったので、三枝が答えた。 「第三試合です。あと一時間くらいですね」 「ああそう、ちょっと煙草吸ってくるわ」  言い置いて立ち上がった大森を見送ってから、三枝は井端に尋ねた。 「相手のビデオはよく観たか?」 「はい、なるべく一日一回は観る様にしてたんで」  水で口の中の物を嚥下してから、井端は答えた。  今回の井端の相手は、日本スーパーライト級八位のジェンキンス勝利という選手だった。過去に四人の世界王者を輩出した名門サンライズジム所属で、名前で判る通りイギリス人と日本人のハーフである。以前にはノンタイトル戦ながら日本スーパーフェザー級王者の初瀬竜造をノックアウト寸前まで追い込んだ事もある程のハードパンチャーで、戦績は未だ負け無しの四勝一引き分け、四勝全てがノックアウトと言う恐るべき戦績を残している。パンチの当て勘が良い、というのが三枝の印象だった。 「ここぞと思ったらガンガン来るからな、隙見せたらやられるぞ」 「ウッス、ハンドスピードだけなら祐次さんより速いッスから」  三枝の忠告を聞いて、井端が表情を引き締めた。確かに、パンチの速さだけならジェンキンスは友永を遥かに凌駕していた。  三枝も食事を終えて、コーヒーをゆっくり啜っていると、喫煙スペースから戻った大森が告げた。 「おぅ、エッチューがもうすぐ着くそうだ」 「そうですか、じゃ行きますか」  請け合った三枝が、残りのコーヒーを飲み干して腰を上げると、井端も慌てて水を一気飲みする。  ファミリーレストランを出た三枝達は、水道橋駅へ越中を迎えに行った。数分後、改札口には越中の他にもうふたり、三枝達の知った顔が現れた。 「オイッス」 「祐次さん!」  越中と連れ立って現れた友永は、三枝達に向かって笑顔で挨拶した。その後ろに、利伸も来ていた。 「お〜、ヒョロも一緒か」  利伸を見つけた大森が声をかけると、利伸は「あ、はい」と頷いた。越中は大森と三枝に会釈してから言った。 「いや、電車の中でバッタリ会いましてね」 「そうそう、俺等もビックリよ」  友永も笑顔で応じる。井端は友永の横をすり抜けて、利伸に言った。 「来てくれてありがとうな、もうすぐ中間テストなのにさ」 「いえ、大丈夫です」  利伸は事もなげに返した。 「よし、んじゃあ行こうか」  大森が号令して、全員でホールへ向かった。出入口に差し掛かった辺りで、友永と利伸が立ち止まった。 「今日は俺は観客だ。イバ、必ず勝てよ」  友永が言うと、井端は顎を引いて答えた。 「はい。勝ちます!」  その横から、利伸が遠慮がちに言った。 「頑張って、ください」 「おう、任しとけ」  井端はサムズアップで答えて踵を返した。三枝は友永と利伸を交互に見て告げた。 「じゃ、また後でな」 「オッス」 「あ、はい」
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