番外編 二度目のリングサイド(4)

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番外編 二度目のリングサイド(4)

 第ニラウンド開始のゴングが鳴ると、井端がいきなり右ストレートを打った。まともにファイティングポーズを取っていなかったジェンキンスの鼻柱に、真っ直ぐ突き刺さった。 「おぉい!」  想定外の奇襲に、ジェンキンスのみならず三枝達も面食らった。その間に、井端が細かいサイドステップから左ジャブを連打する。右ストレートの衝撃で視界が定まらないのか、ジェンキンスはガードが覚束ず、面白い様にジャブが当たった。 「いいぞ、隙を与えるな!」 「パンチを散らせ!」  越中に次いで三枝も指示を飛ばす。井端は闇雲に拳を振るうジェンキンスを嘲笑うかの如くジャブを浴びせ、時折ボディに右を伸ばした。三枝達の対角線上、ジェンキンス側のセコンド陣の声とアクションが激しくなる。  業を煮やしたジェンキンスが左右のフックを振り回しながら強引に近づき、井端をロープに押し込みながらクリンチした。井端は振りほどこうと試みるものの、ジェンキンスに上手く身体を預けられてなかなか身動きが取れない。レフェリーが割って入り、ふたりは再びリング中央で対峙した。すかさず三枝が指示する。 「相手が突っ込んで来たらいなせよ!」  三枝の読み通り、ジェンキンスは大きく踏み込んでラッシュをかけて来た。その表情に、一ラウンド目の余裕は感じられない。  井端は三枝の指示に合わせて、相手のパンチをパアーリングやスウェーイングでかわし、円を描く様にステップしてジャブを放つ。手が出ないと見るや、踏み込んで右拳をボディへ打ち込む。  残り十秒を知らせる拍子木が鳴った直後、ジェンキンスが頭から突っ込んで右オーバーハンドを振った。井端がダッキング気味に頭を下げた拍子に、ジェンキンスの頭とぶつかってしまった。所謂偶然のバッティングだ。 「あたっ」 「ぶっ」  両者の口から同時に軽く悲鳴が漏れたと同時に、レフェリーが「ストップ!」と叫びながらふたりを分けた。三枝達に動揺が走る。 「あっ!」 「大丈夫か!?」  互いに反対側のニュートラルコーナーへ下がり、まずはジェンキンスがドクターのチェックを受ける。その間に三枝が井端に声をかけた。 「おい、大丈夫なのか?」  声の方を向いて頷いた井端の額に、大きな瘤ができていた。幸い、切れてはいないらしい。安堵の溜息を吐いた三枝が反対側に目を向けると、ジェンキンスのドクターチェックは終わっていた。こちらは右目の下、頬骨の辺りが腫れ上がって紫色に変色していた。視界は確実に狭まっているだろう。 「井端、チャンスだぞ」  鋭く告げて、三枝は自分達のコーナーに戻った。  井端の頭の瘤をチェックしたドクターが、レフェリーに向かって頷いて見せた。どうやら試合続行に支障は無いらしい。それを確認したレフェリーが再開を告げた直後、ニラウンド終了のゴングが鳴った。戻って来た井端を座らせて、三枝は顔を近づけて言った。 「切れなかったのはラッキーだった。あっちは右目が見え辛くなってるから、ジャブが当たるぞ」 「ウッス」  越中に額を氷嚢で冷やして貰いながら、井端は力強く頷いた。  次のラウンドは、目を狙ってジャブを多用する井端と、接近戦に持ち込もうとするジェンキンスとのせめぎ合いに終始した。贔屓目を外しても、一ラウンド目のダウンの分は帳消しにできただろうと、三枝は考えた。  インターバルで三枝は、真剣な表情で井端に指示した。 「いいか、相手は焦って出て来る筈だ、絶対付き合うなよ。常に足を使って、ジャブを上下に散らせ。振り回して来て避け切れなかったら無理せずクリンチしろ。但しバッティングに注意しろよ」 「ウッス」  頷いてマウスピースを噛んだ井端に水を飲ませると、三枝は大森達に続いてリングを降りた。
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