番外編 二度目のリングサイド(5)

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番外編 二度目のリングサイド(5)

 第五ラウンドが始まると、ジェンキンスが怒涛のラッシュを仕掛けて来た。回転の速い左右のパンチが、井端に唸りを上げて襲いかかる。 「いなせ! 近づけるな!」  三枝の指示に合わせて、井端はロープ伝いに左へ回り、ジャブを突いて相手を突き放す。  三枝が対角線上へ目を移すと、赤コーナー側のセコンド陣が全員で大声を張り上げている。どうやらジェンキンスは、インターバルでのセコンドからの指示を完全に無視している様だ。  焦らせてスタミナを使わせれば、勝てる。  確信した三枝は、リング内を回る井端に指示を飛ばす。 「そのまま! 絶対付き合うな! 体力を削れ!」  その直後、井端の右ボディがカウンター気味にヒットし、ジェンキンスの顔色が明らかに変わった。更に左フックをかぶせようとした井端の顔面を、ジェンキンスの左拳が襲った。間一髪、ヘッドスリップでギリギリかわした井端に、三枝が大声で釘を刺す。 「調子に乗るな! 離れろ!」  難を逃れた井端が改めてジャブを溜め始める。ラウンドが終わる頃にはジェンキンスの右目の周囲は赤く腫れ上がり、呼吸は荒くなっていた。  その後、明らかにスタミナを消耗したジェンキンスは空振りとクリンチが多くなり、しばしばレフェリーから注意を受けた。三枝は常に井端が調子に乗らない様に声をかけながら、相手の状態を注意深く観察した。身体から流れる汗の量が尋常ではない。次第に追い足も鈍くなり、パンチにもキレを欠く様になった。  このまま行けば、判定で勝てる。  クリンチの状態でデタラメにパンチを出すジェンキンスを見ながら、三枝は確信を深めた。  結局、最終ラウンドも展開は変わらず、井端もジェンキンスも己の体力を出し尽くして試合は終わった。判定の結果は三対〇のユナニマス・デシジョンで井端の勝利だった。初回に喫したダウンを、後のラウンドで取り返せた様だ。三枝は安堵しつつ、相手のセコンド陣と挨拶を交わし、疲労困憊の井端を越中とふたりで支えてリングを降りた。 「よくやったな、井端」  三枝が労いの言葉をかけると、井端は汗だくの顔を歪ませて答えた。 「あざっす。しんどかったッス〜」  控室に戻った三枝達が、壁に設置されたモニターに映るリング上の様子を眺めながら帰り支度をしていると、出入口から「オイッス〜」と威勢の良い声が聞こえた。三枝が肩越しに振り返ると、友永と利伸が近寄った。 「イバ! やったな!」  友永らしい祝福を聞いて、井端が心底嬉しそうな笑顔を見せた。 「祐次さぁ〜ん、あざぁ〜っす!」  友永の後ろから顔を覗かせた利伸も、井端を祝福した。 「おめでとうございます」 「おぉ〜利伸、サンキュー!」  嬉しそうに答えた井端に、三枝が告げた。 「よし、じゃあこれから軽く祝勝会と行くか!」 「お! いいッスね!」  井端が乗っかった瞬間、モニターの方からどよめきが聞こえた。三枝達だけでなく、控室に居た全員がモニターに注目した。  リング上では、褐色の肌の選手が仰向けに倒れ、レフェリーが覆い被さる様に立ってダウンカウントを数えていた。その様子を、ニュートラルコーナーから見つめる選手を見て、友永が呟いた。 「城島……」  その選手は、現在日本ウェルター級一位、OPBF同級四位の城島賢吾だった。当面の目標を日本タイトル奪取に置いている友永にとっては、倒さなければならない選手のひとりだ。三枝は友永に近づくと、小声で訊いた。 「本当は客席で見たかったんじゃないか?」  友永は苦笑すると、三枝の方に首を回して答えた。 「イバが勝った方が重要でしょ」  その間に、レフェリーが試合を止めていた。ノックアウト勝ちを決めて両手を挙げた城島に、喜びを爆発させたセコンド陣が群がっていた。三枝はレフェリーに右手を挙げられる城島を一瞥してから、井端に向かって言った。 「さぁ、行こうか」 「ウッス、あ、利伸はどうする?」  井端の問いに、利伸は申し訳なさそうな顔で返した。 「あ、すみません、テスト近いんで今日はこれで失礼します」  それを聞いた大森が口を挟む。 「何だヒョロ、来ないのか? そりゃ残念だな」 「仕方ないですよ会長、高校生ですからね」  三枝の言葉に、大森は何故か口をへの字に曲げて頷く。  着換えを終えた井端が、利伸に改めて声をかけた。 「利伸、今日は来てくれてありがとうな」 「あ、はい。じゃあ、失礼します」  利伸は三枝達に丁寧に会釈して控室から出て行った。見送った三枝の前で、友永が口角を吊り上げて提案した。 「なぁ、次の試合どっちが勝つか賭けねぇか?」
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