基本編 パーリング(2)

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基本編 パーリング(2)

三枝はウォームアップ中の井端の様子を確かめると、利伸にシャドーボクシングをもう一ラウンドと、サンドバッグ打ちを三ラウンドする様に指示し、つい数十分ほど前に来た越中を捕まえて友永の指導を頼んで小走りにサンドバッグの側へ向かった。途中で利伸を見ると、鏡に向かって愚直にパンチを繰り出していた。 利伸のサンドバッグ打ちと、井端の縄跳びが同じラウンドに終わった。井端はロープを縛って片付けるが、隣で飛んでいた友永はもう一ラウンド行うのでまだロープを持ったままだ。エプロンサイドからリング上を見上げてアマチュア選手達のマススパーリングを指導していた三枝は、リングを降りた選手達を労ってから、利伸と井端をリングに呼び、自らもパンチングミットを抱えてボトムロープをくぐった。 パンチンググローブを嵌めてリングに上がったふたりに、三枝が言った。 「じゃあこれからディフェンスをやるぞ。井端には手本を見せてもらうから、頼むぞ」 「ウッス」 笑顔で請け合う井端に頷き返し、三枝は利伸に向き直って説明を始める。 「知ってるとは思うけど、ひと口にディフェンスって言ってもいくつか種類がある。どれも重要なんだけどもお前の場合はアウトボクサー向きだから、パンチを当てられないディフェンスを先に覚えた方が良いだろうから、まずはパーリングだ」 「あ、はい」 棒立ちで頷く利伸から視線を井端に移し、三枝が指示する。井端は無言で頷いてファイティングポーズを取る。三枝もファイティングポーズを取って井端と正対し、横目で利伸を見てから口を開いた。 「パーリングは、相手のパンチを払う事を言う。相手がパンチを打って来たら――」 三枝が言葉を切った直後に、井端が左ストレートを伸ばす。三枝は右前腕を内側に倒す様にしてパンチを払い落として言葉を続ける。 「こうして払う」 続けて打ち出された井端の右ストレートを、今度は左前腕を動かして内側に払う。 「ちょっと速くやってみるぞ、井端、受けて」 「あ、オス」 一瞬戸惑いながらも頷いた井端が、改めてファイティングポーズを取る。今度は三枝がミットを嵌めた手でパンチを打った。それを井端が両腕をコンパクトに振って内側に払う。数発繰り返した後でファイティングポーズを解いた三枝が、利伸を見て言った。 「パーリングは、主にストレートに対して使う。フックやアッパーはこれだと受け辛いから、他の方法でディフェンスする」 「あ、はい」 「で、パーリングで注意するのは、まずは腕を小さく振る事。あんまり大きく腕を振ると、相手のフェイントにかかった時にパンチをもらっちまう」 そう言うと、三枝は再び井端と向かい合ってファイティングポーズを取り、左手を井端に向かって伸ばした。反応した井端が右腕を極端に振り下ろした瞬間に左手を止め、素早く引いてからもう一度左手を突き出した。慌てて井端が頭を仰け反らせる。 「な? だから腕は小さく振る。それと、相手の出した手と同じ手でパーリングするのも危ない。それをやると――」 三枝は途中で言葉を切るなり、また左手を井端に伸ばす。すると井端は左手でパーリングした。直後に三枝の右手が井端の顔面を襲う。今度は慌てずに、井端は頭を右に傾けてかわす。 「なので、パーリングは必ず向かい合った手でやる事。判ったか?」 「あ、はい」 利伸の返事を受けて、三枝は数歩下がって井端と利伸をリング中央へ促した。 「よし、じゃあやってみよう。最初はゆっくりな。井端、いいぞ」 「ウッス、んじゃ行くぞ利伸」 「あ、はい」 ふたりは同時にファイティングポーズを取って正対した。身体を軽く揺すってから、井端がゆっくり左ジャブを出す。利伸が反応して右手で払う。 「振りがちょっと大きい。小さく、速く」 「あ、はい」 応じた利伸に、今度は井端の右ストレートが伸びる。利伸の左手がその拳を内側へ払い落とす。 「おぉ、左はいいな。その調子だ」 三枝の励ましに無言で頷いて、利伸はパーリングを続けた。井端も少しずつパンチのスピードを上げる。 二ラウンド目に突入すると、三枝は井端にワンツーを打つ様に指示して、利伸に指導した。 「ワンツーの時はより速く手を動かす事と、一発目のジャブに気を取られ過ぎない事」 「あ、はい」 返事した利伸に、井端のワンツーパンチが襲いかかる。パーリングを行う利伸だが、右ストレートを受けた左手の動きが大きい。 「左手が大きい! 返しのフック貰うぞ」 三枝の注意に頷き、利伸はワンツーを受け続ける。途中で三枝が更に指示する。 「相手との距離が近い場合は、パーリングすると同時にバックステップを入れるといい」 すると、井端が今までよりやや深めに踏み込んでワンツーを打った。利伸は咄嗟にパーリングしつつ後退する。 「バックステップが速い! パーリングしてから!」 「あ、はい」 顔面を滝の様な汗で濡らしながら、利伸は必死に井端のパンチを払い続けた。 ラウンド終了のベルが鳴り、三枝が告げた。 「よぉし、今日はこれぐらいにしとくか」 「あ、はい。ありがとうございました」 利伸は前腕で額の汗を拭いながら三枝に頭を下げ、荒い息を吐きながらリングを降りた。続いてロープをくぐろうとした井端に、下から友永が声をかけた。 「イバ、マスやろうぜ。今やってたのの実践編だ。いいでしょノボさん?」 いきなり提案されて若干戸惑ったが、三枝は了承した。 「ああ、構わんよ。井端、いいか?」 「あぁ、いいッスよ」 笑顔で応じた井端に、友永が十オンスのグローブを投げ渡した。
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