基本編 スウェーイング(2)

1/1
前へ
/88ページ
次へ

基本編 スウェーイング(2)

 利伸に二ラウンズかけてスウェーイングの基礎を教えた三枝は、インターバルに入った所でリング下の友永に声をかけた。 「おい祐次、グローブ着けて上がってくれ」 「え? 俺?」  戸惑う友永を、三枝は急かした。 「そうだよ、ホラ早く。あ、十四オンスな」 「へいへい」  やり取りを不思議そうな顔で見ている利伸を尻目に、三枝はロープを開けて友永のリングインを手伝った。指示通りに十四オンスのグローブを両手に嵌めた友永が、軽くシャドーボクシングをしながら三枝に問いかけて来た。 「で、俺は何すりゃいいんスかノボさん?」  三枝は自らの両手からパンチングミットを外してふたりに告げた。 「祐次がパンチを打つから、利伸はそれをスウェーで避けるんだ」  利伸は指示に少し驚きつつ「あ、はい」と応え、友永は目を見開いて訊き返した。 「俺がパンチすんの? 大丈夫?」 「そこはお前の加減だろ。さぁ、始まるぞ」  三枝が言った直後にラウンド開始のベルが鳴った。 「そう言う事なら」  独りごちると、友永はファイティングポーズを取って利伸に正対した。応じて利伸も構える。すぐに踏み込んだ友永が、ハンドスピードを落とした右ストレートを利伸の顔面目がけて放った。利伸は今までの練習の所為か、反射的にパーリングしてしまう。 「手を使うな! スウェーで避けろ」  すかさず三枝が注意する。利伸は無言で頷いて、ファイティングポーズを取り直す。そこへ今度は左フックが飛んで来た。今度はぎこちないながらも頭を後方に引いてかわす。 「よぉーし、その調子だ」  友永は遅めのパンチを、ストレートとフックを織り交ぜて次々と繰り出す。その度に利伸がスウェーイングで避ける。合間に、三枝がアドバイスする。 「距離が近過ぎる時は後ろ足を同時に引くといい」 「あ、はい」  利伸が頷いたと同時に、友永が大きく踏み込んで左ストレートを打った。利伸は慌てずにパンチを見ながら、右足を後ろに引きながらスウェーイングし、紙一重で避けてみせた。 「やるじゃねぇか」  微笑した友永が、次第にハンドスピードを上げた。 三ラウンズかけてスウェーイングを練習した所で、三枝が終了を告げた。 「ありがとうございました」  三枝と友永に向かって頭を下げた利伸がリングを降りた。三枝はその背中に指示を飛ばす。 「後はパンチングボールを二回やったら腹筋して上がっていいぞ」 「あ、はい」  律儀に振り返って返事した利伸に頷き返すと、三枝はコーナーによりかかってグローブを外す友永に尋ねた。 「どうだった、利伸は?」  友永は拳に巻いたバンテージを確認しながら答えた。 「いやマジに目が良いよなあいつは。あんなに綺麗にかわすもんかね?」 「あぁ、そうだな。最後の方は結構余裕持ってたんじゃないか?」  三枝が笑顔で言うと、友永も口角を吊り上げて返した。 「まぁ、俺もまだ本気出してねぇけどよ」 「判ってるよ、ホラ、ミットやるぞ! グローブ替えて来い」  三枝の指示に「へいへい」と答え、友永は一旦リングを降りた。トップロープにかけっ放しのタオルを取って額の汗を拭った三枝がジムの端へ目を転じると、黙々とパンチングボールを叩く利伸の姿が見えた。  翌日も、三枝は利伸にスウェーイングの練習を課した。まだ友永が来ていなかったので、居合わせた大学生にパンチを出してもらい、それをひたすらスウェーイングで避けさせた。その大学生は友永よりも下の階級なので自然とパンチのスピードも変わる。だが利伸は動きそのものはまだ滑らかさに欠けるものの、見事に全てのパンチを寸での所でかわした。たった一日で、周囲が驚く程の習得ぶりだった。  相手を終えた大学生が、リングを降りる時に三枝に向かって呟いた。 「凄いッスね、高校生なのに」  三枝は微笑で答えて、大学生の肩を叩いて労った。そこへ、友永と井端が揃って入って来た。更衣室へ行きかけた井端が、リングを降りる利伸を見て言った。 「あれ? もう利伸の練習終わり? 何だスウェーやってるっつうから見たかったのに」  三枝はトップロープに肘を乗せて言った。 「残念だったな井端。お前の想像より上手くなってるぞ」 「え〜マジッスかぁ?」  落胆する井端を他所に、三枝はまた利伸にパンチングボールを叩く様に指示した。「あ、はい」と答える利伸を見送ってから、井端に近づいて告げる。 「今日のミットで、先輩の威厳見せてやれよ」  言われた井端が急に表情を引き締めると、友永が茶々を入れる。 「威厳なんてあるんスかこいつに?」 「え、ちょっとそう言う事言わないでよ祐次さん!」  抗弁する井端と笑顔でかわす友永を見送り、三枝は一旦事務室に引っ込んだ。するとデスクに陣取る大森が、少し頬を緩めて告げた。 「おぅ、ユージの試合、決まりそうだぞ」  三枝は椅子に下ろしかけた腰を止めて訊き返した。 「本当ですか? 相手は?」  大森は勿体つけた様に煙草に火を点けてから、主流煙と共に答えた。 「城島だ」  かねてから友永が対戦を望んでいた、現日本ウェルター級第一位の城島賢吾だった。
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加