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基本編 ブロッキング(2)
友永と井端がそれぞれシャドーボクシングを終えた所で、三枝はふたりをリングへ呼んだ。いち早く応じた友永が十四オンスのグローブを抱えてロープをくぐり、遅れて井端もリングへ上がった。エプロンサイドには、練習を終えた利伸が残っていた。三枝は利伸に「よく見て行けよ」と声をかけてからリングに入った。
「じゃあ、井端が攻撃して、祐次がそれをブロッキングして返す。いいな?」
「ウッス」
「OKッス」
ふたりは同時に頷き、ラウンド開始のベルと共にファイティングポーズを取った。三枝はニュートラルコーナーに陣取ってふたりのやり取りを見守る。
まず井端が軽く左ジャブを打ち、一歩踏み込んでワンツーを放つ。高めのガードを保つ友永は左を半ば無視し、右ストレートを内側からブロッキングして右フックを返した。井端はスウェーイングでよけて距離を取ると、今度は両肩を振るフェイントから被せ気味の左フックを出した。友永は右腕でブロッキングし、左を打ちながら組み付く。すかさず井端が右腕を友永の首に巻きつけて押さえる。
「ブレイクだ」
三枝の声で井端が腕を放し、友永が頭を上げた。
その後も、井端のパンチに反応した友永がブロッキングを駆使して防御し、反撃する流れが繰り返された。途中で三枝が利伸に目を転じると、真剣な眼差しでリング上を見つめていた。
ラウンドが終わり、三枝はふたりを労ってから利伸に訊いた。
「どうだ?」
「あ、はい。友永さんの反応が速くて驚きました」
そこへ、当の友永が割り込んだ。
「まぁな。俺は相手の懐に飛び込んで戦うのが持ち味だから、パンチに対しての反応が速くないとやられちまう」
「前それでカウンター食ってましたよね」
井端か茶々を入れ、友永が横目で睨みつけて言い返す。
「うるせぇな。そう言うお前はカウンターを空振ってバッティングしてたじゃねぇか」
「あれは事故ッスよ事故!」
抗弁する井端をなだめつつ、三枝はふたりに改めて指示した。
「まぁまぁ、じゃ次はスパーやるから、ふたりともヘッドギア着けて来い」
友永が「へいへい」と返事して先にリングを降りると、利伸に向かって言った。
「お前の場合はアウトボクサーになるらしいから、あんまりブロッキングのお世話にならない試合運びをした方が良いって事は覚えとけよ」
「あ、はい。ありがとうございました」
丁寧に頭を下げる利伸と、微笑で答える友永を眺めて、三枝も口角を吊り上げた。
友永と井端の三ラウンズに渡るスパーリングの後に利伸は帰宅し、ふたりもリングを降りて腹筋を始めた。そこへ、事務室から出て来た大森が友永に告げた。
「おいユージ、試合決まったぞ」
友永は腹筋を中断して身体を起こし、大森に尋ねた。
「マジッスか? 相手は?」
大森は不敵な笑顔で答えた。
「聞いて驚くな、城島賢吾だ」
その瞬間、友永の両目が大きく見開かれた。その傍らで三枝が訊く。
「決定ですか会長?」
「ああ。さっき話がまとまった。年末だ」
「城島、やっとか」
友永は虚空を睨んで独りごちると、それまでよりも腹筋のスピードを上げた。対戦を熱望した相手と、漸く拳を交えられる。その高揚感が、友永を衝き動かした。
ジムの練習時間が終わり、掃除を済ませた三枝に友永が話しかけた。
「ノボさん、俺、今年も地元で合宿やろうと思うんスけど」
友永の言う合宿とは、毎年郷里の長野県への帰省ついでに行っている集中自主トレの事で、ほぼ毎回三枝も同行し、井端や奥井、それにアマチュアの選手等も何人か参加している。
「おお、それで?」
三枝が訊き返すと、友永がやや小声で言った。
「今年は利伸を呼びたいんスよね」
「何ィ?」
三枝が思わず大声を出した。
利伸はプロ志望とは言え、まだ入門一年にも満たない練習生で、マススパーリングすら行っていない。友永の意図を測りかねた三枝が更に訊く。
「何で急に利伸を入れようと思ったんだ? まだ基本も全部教えてないのに」
「いや、そもそも俺の合宿は走り込み中心でしょ? そりゃ技術もやるけどメインは体力作りじゃないスか? あいつもプロ目指すんだったら、足腰バッチリ鍛えた方が良いんじゃないかと思って」
友永の言う通り、プロボクシングに限らず全てのスポーツでは最終的に基礎的な体力が物を言う。友永の地元は山がちで起伏に富んでいるので、足腰やスタミナを鍛えるのには適している。
少し考えてから、三枝は頷いた。
「いいんじゃないか? 丁度夏休みだし、あいつが良ければ呼んでいいぞ」
「オッス」
満足気な顔で頭を下げると、友永はジムを後にした。見送った三枝に、大森が歩み寄った。
「ユージの奴、よっぽどヒョロが気に入ったんだな」
「そうですね。まぁ、利伸もあいつの事を慕ってるみたいだし、いいんじゃないですか?」
三枝と大森は互いに笑い合い、掃除用具を片付けた。
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