番外編 走り込み合宿(3)

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番外編 走り込み合宿(3)

 神社での参詣を終えた友永達は、午前中も走った五キロ程の周回コースを全員で走った。三枝は自転車で先に「民宿 はやま」へ戻り、玄関の前で煙草を吸いながらランニングの終了を待った。すると民宿の方から声がかかった。 「あ、どうも三枝さん、お久しぶりです」  姿を見せたのは、友永の祖父で民宿の主人である羽山昌弘だった。農作業をしていたのか、Tシャツの上に作業用ベストを着ていて、下半身を覆う灰色のカーゴパンツには数箇所に渡って土が着いている。三枝は吸いさしを携帯用吸い殻入れに押し込んで会釈した。 「ご無沙汰してます。畑はどうですか?」 「ええ、今年はまあまあ良さそうです」  昌弘は笑顔で答え、ベストから缶コーヒーを二本出して一本を三枝に差し出した。三枝は礼を述べて受け取り、ふたり並んで飲み始めた。  先に飲み干した昌弘が、煙草を咥えつつ三枝に尋ねた。 「今年初めて来たあの若い子、何て言いましたっけ?」 「ああ、長谷部利伸、ですか」  三枝も呼応して煙草を取り出す。昌弘が出した百円ライターで共に火を点け、ほぼ同時に主流煙を吐き出す。 「そう、その利伸君、えらく祐次が買ってますね」  昌弘の問いに、三枝は苦笑して答える。 「ええ。あいつ等意外な共通点がありまして」 「共通点? 何です?」 「あ、いや、それは私の口から言うよりか祐次に直接訊いて頂いた方が」  三枝が昌弘の追及をやんわりかわした所へ、友永達が大汗を流して戻って来た。 「お〜、お疲れ」 「祐次、今日も調子良さそうだな」  三枝に続いて声をかけた昌弘に、友永は腰に手を当てて頷いた。三枝は煙草を消して友永達に告げた。 「よし、じゃあ皆夕食まで休んでいいぞ。汗はしっかり拭けよ」 「オッス」  友永達は口々に返事して、三枝と昌弘の脇をすり抜けて民宿に入った。すると昌弘が、友永に向かって「おい、ちょっと訊きたい事が」と呼びかけながら一緒に民宿へ入って行った。三枝は笑いを噛み殺しながら後に続いた。  三枝は食堂から漂う炊事の匂いを嗅ぎながら部屋へ戻り、漸く陽が傾き始めた外の風景を眺めた。そこへ、「失礼しますよ〜」と言いながら、部屋着に着替えた昌弘が入って来た。手には湯呑みがふたつ乗った盆を持っている。三枝は慌てて部屋の端に置いた卓袱台を中央に置き直して迎えた。昌弘は卓袱台に盆を置いてから、「よっこらしょ」と呟いて腰を下ろした。三枝も対面に座る。 「どうもお疲れ様です」  三枝が言うと、昌弘は恐縮しながら湯呑みを差し出す。 「いやいや、三枝さんこそお疲れ様です、祐次達みたいな活きの良いのを指導なさってるんですから」  三枝も恐縮しつつ湯呑みを受け取り、喉を鳴らして茶を飲んだ。 「そう言えば、祐次に訊きましたか?」  三枝が水を向けると、昌弘は嬉しそうな笑顔で答えた。 「ええ、祐次も利伸君も、あっさり答えてくれましたよ〜、そう言われてみれば確かに祐次は昔縄跳びできませんでした。いやしかし、人は見かけによらんもんですなぁ、あんな運動神経良さそうなのにねぇ」  首を傾げる昌弘を三枝は微笑ましく見つめた。  夕食の支度が整ったのを見計らって、三枝は二階に上がった。友永達が寝起きする大部屋の引き戸を開けると、殆どが眠り込んでいた。起きているのは友永だけだった。 「おい皆、夕食だぞ」  三枝が言うと、友永も続く。 「おぉい、起きろ皆、メシだメシ」  すると、皆一斉に目を覚まし、身体を起こした。全員が起きたのを確認した三枝は、階段を降りて食堂に入った。既に上座に昌弘が座っている。三枝は昌弘の斜め前の席に座ってひと息吐いた。そこへ照代が茶を出した。会釈してひと口啜り、入って来た友永達に指示した。 「ホラ、早く座れ」  友永達が席に着く間に、照美が丁寧に食事を並べる。全員分が揃った所で、やはり友永が号令した。 「いただきます」 「いただきます」
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