4人が本棚に入れています
本棚に追加
番外編 走り込み合宿(4)
翌朝、食事を終えた三枝に昌弘が声をかけた。
「じゃあ今出しますから、五分程待っててください」
「どうもすみません、お願いします」
椅子から立ち上がって礼を述べると、三枝は奥の洗面所に入って歯を磨き始めた。そこへ、遅れてスウェット姿の友永が入って来た。
「ノボさん、今日はあそこッスよね」
三枝は歯ブラシを動かしながら頷き、うがいをしてから言った。
「本当はゴルフ場走らせたかったが、予約がいっぱいらしくてな」
「でも、あそこはある意味神社よりキツいッスよ」
友永が笑顔で返した所へ、洗面用具を抱えた利伸が姿を現した。こちらもスウェットの上下を着ている。
「あそこって、何処ですか?」
利伸の素朴な質問に、友永の口角が更に吊り上がった。
「へへ、まぁ楽しみにしてな。顔洗ったら支度しろよ。すぐ出発だからな」
「あ、はい」
ふたりの会話を聞きながら、三枝は洗面所を出た。程無く、外からエンジン音が聞こえて来た。一旦部屋に入って身支度を済ませ、三枝は玄関を出た。
玄関先に、年季の入った白いワンボックス車が停まっていた。スライドドアに毛筆体で「民宿 はやま」と大書されている。運転席から昌弘が降りて、イグニッションキーを差し出して言った。
「お待たせしました。ガソリン満タンにしときましたから、安心して乗ってください」
「ありがとうございます、お借りします」
会釈しながらキーを受け取った三枝は、玄関の上がり框に置いたスポーツバッグを取り上げて助手席に置き、三和土から二階に向けて呼びかけた。
「おーい、皆行くぞ」
数分後に、Tシャツとジャージのズボンに着替えた友永達が、それぞれバッグを提げて階段を下りて来た。出迎えた三枝がスライドドアを開け、友永を先頭に次々と乗り込んだ。殿の利伸が車内に納まった所で、三枝はドアを閉め、傍らに立っている昌弘に「では、行って来ます」と告げて運転席に乗り込んだ。
二十分程走って辿り着いたのは、スキー場だった。オフシーズンの現在は当然閉場しているが、支配人が昌弘と旧知の仲と言う事もあり、合宿の為に特別に開放してもらったのだ。
駐車場にワンボックスを停めると、三枝は肩越しに振り返って友永に告げた。
「俺は支配人に挨拶して来るから、先に入ってろ」
「ウッス。じゃ行くか」
請け合った友永が全員に号令し、車を降りてスキー場へ向かった。三枝は車を下りると小走りに事務所へ行き、待機している支配人の松尾に挨拶を済ませて友永達を追った。
友永達は初級コースを臨む平地でウォームアップを始めていた。その右側で、通常は停止しているリフトが運転していた。三枝はリフトの入口脇の管理ボックスに駆け寄って、臨時で来てくれたスタッフに礼を述べてから友永達に号令した。
「よーし、アップしたらまずは初級コース三往復だ」
「ウ〜ッス」
緩い返事が響く中、友永が両腕を勢い良く振り回して気合を入れた。
「おっしゃ、取り敢えずイバは周回遅れにするか」
「え〜ちょっと祐次さぁ〜ん、勘弁してよぉ〜」
情けない顔で取り縋る井端を振り払い、友永は率先してスタートの準備に入った。利伸達も続く。ストップウォッチを用意した三枝が友永達の横に立って言った。
「いいか、ビリはリフト禁止だからな」
「オォーッス!」
気合の入った返事を聞いて、三枝は満足げに号令をかけた。
「よぉーい、スタート!」
色とりどりのスニーカーが、若草の茂る地面を蹴った。
やはり友永がリードを奪い、ハイペースで下りに入った。その後ろに肉迫したのが、何と利伸だった。上りでは若干苦しんだ様子だが、下りに入った途端にその長い脚を大きく使った広いストライドでスロープを駆け下った。
「ほぉ、あいつなかなか速いな」
三枝が感心しつつ見つめる前で、利伸と友永はデッドヒートを繰り広げながら一往復目を終えて再び上り始めた。それから十秒近く経って漸く後続が最初の下りを終えた。最後尾の井端は歯を食い縛って前を追う。
「ホラ井端! それじゃ本当に祐次に周回遅れにされるぞ!」
「はいぃ!」
上擦った返事を残して、井端が坂を上る。その頃、トップの友永は利伸との差を広げていた。上りは重心の低い友永の方が有利だ。利伸は脚を上手く畳んで走れていない。
「利伸! もっと腿を上げろ!」
三枝の声に、利伸は「あ、はい!」と返事して脚のピッチを上げる。初級コースの緩斜面とは言え、スキー等で滑り降りる事を前提としている地形なのでそこそこの斜度がある。上手く走るには脚の上げ方が大事だ。
気づけば、利伸と友永の差は一往復目以上に開いていた。だが下りになると、利伸の勢いが増す。神社では最下位になったが、今日の利伸は上位を窺える程の走りを見せていた。
結局、友永が首位の座を譲らぬまま三往復を終えた。利伸は惜しくも二位だったが、合宿初参加にしてはかなりの好成績と言える。そして最下位は井端だった。友永から三分以上遅れてゴールした井端は、その場にへたり込みながら悔しがった。
「あ〜クソぉビリか〜」
「残念だったなイバ、でも周回遅れにならなかっただけマシだろ」
額の汗を腕で拭きながら言うと、友永は意気揚々とリフトへ向かった。利伸達も後に続き、最後の三枝が井端に告げた。
「ちゃんと見てるからな、歩くなよ」
「はぁ〜い」
今にも消え入りそうな返事をする井端を残して、三枝もリフトに乗った。
最初のコメントを投稿しよう!