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番外編 走り込み合宿(5)
リフトを下りた三枝は、中級コースの斜面を前にした友永達に説明しようとして、未だ登って来ない井端の様子を窺った。
見下ろした先に、必死に初級コースの緩斜面を走る井端の姿が見えた。
「ホラ、もうちょっとだぞ!」
三枝の声に反応した井端が、雄叫びを上げて駆け上って来た。友永も振り返って声援を飛ばす。
「イバ! まくれ!」
最後はダイブする様にして登り終えた井端が、四つん這いになって荒い呼吸を繰り返した。
「よぉーし、んじゃ改めて、この中級コースは登り一本勝負だ。ここでビリになっても次のリフトには乗れるが、上級コースで二本走ってもらうからな」
「オッス」
井端を除く全員が返事して、スタートラインに立つ。二分程経って漸く回復した井端も皆の横に並びかける。
「じゃあ、待ってろよ」
そう言い残すと、三枝はリフトに乗って中級コースの頂上へ上がった。坂の縁に立って、ストップウォッチを片手に下を見下ろすと、友永達が横一線に並んでスタートの合図を待っている。三枝は右腕を高く上げ、「よぉーい、スタート!」の号令と共に振り下ろした。直後に友永達が一斉に坂を登り始めた。さすがに初級コース三往復で脚を使った所為か、それほどペースは上がらない。友永は途中までトップを走っていたが、ラスト五メートル近くでアマチュア選手に差されて二位に沈んだ。井端は辛くも最下位を逃れ、最後に登り切ったのは利伸だった。やはり長い脚が不利に働いた様だ。
三枝はトップ通過したアマチュア選手を褒め称えつつ、友永を励ました。
「おい祐次、惜しかったな。まぁちょっとの差だったからあんまり気にするな」
「ウッス」
友永は悔しそうに頷き、息を整えながらリフトへ向かった。
上級コースは傾斜がきつ過ぎて真っ直ぐ登れない為、ジグザグに登って降りる設定である。三枝は全員を左端に集めて、友永から順番に走らせた。斜めに登るとは言え、斜度が高いので身体を上手くコントロールしないと登れない。さしもの友永も苦戦を強いられた。他の選手達も同様に苦しみながら登り、下りは転倒すると勢い良く滑落してしまうのでより慎重にならざるを得ない。
全員が一本ずつ走った結果、井端が初めてトップタイムを叩き出した。
「やったぜ!」
汗だくのまま勝ち誇る井端に、友永が悔しそうな顔で「マグレだ」と言った。だが井端は意に介さず、満足げに腕で額の汗を拭う。その一方で、中級コース最下位の利伸が二本目を走った。何度か脚を滑らせて危ない場面があったものの、無事に完走した。
「よし。ひと休みしたら降りるぞ」
三枝が指示して、友永達はその場に座り込んだ。
スキー場を後にしたワンボックスの中では、大半の選手が眠り込んでいた。特に井端は大口を開けて鼾をかいている。ただひとり起きている友永が、呆れ顔で見ていた。三枝は苦笑しつつ、友永に尋ねた。
「それで祐次、明日はどうするんだ?」
「ああ、明日は爺さんに手伝ってもらって町内一周タイムトライアルやる予定ッス」
「そうか。怪我には気をつけろよ」
「ウッス」
会話を終えた頃、ワンボックスは「民宿 はやま」に帰り着いた。
部屋に戻った三枝は、手早く荷物をまとめてから、台所で夕食の支度をする照美に挨拶した。
「どうもお世話になりました」
「あ、いえいえこちらこそありがとうございました。どうぞお気をつけて」
次に、食堂で新聞を広げる昌弘にも挨拶をすると、三枝は荷物を持って二階に上がった。
「じゃあ、俺は引き上げるから、後は祐次の指示でやってくれ」
大部屋で屯する選手達に向かって告げると、友永が立ち上がって会釈した。
「ありがとうございました、ノボさん」
後ろから井端が声をかける。
「奥井さんによろしく」
その傍らで、利伸が戸惑いながらも頭を下げた。三枝は「じゃあな」と言って右手を上げると、大部屋を出た。明日から三枝には、来たる奥井の試合に備えての追い込みが待っていた。
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