番外編 三度目のリングサイド(4)

1/1
前へ
/87ページ
次へ

番外編 三度目のリングサイド(4)

 会心のノックアウト勝ちを納め、KO賞の目録を受け取ってホクホク顔の奥井を伴って、三枝と大森は控室へ戻った。ベンチに座ってひと息吐く奥井に、三枝が言った。 「よく倒せたなぁ奥井。ビックリしたぞ」  奥井は肩に掛けたタオルで顔を伝う大汗を拭いながら笑顔で答えた。 「はい〜、自分でもビックリッスよ〜、まさかKOできるなんて思ってませんでしたから〜」 「俺も驚いたよオックン、特に最初のダウン取った時は何が起きたのかと思ったよ」  大森の言葉に、三枝と奥井が同時に頷く。  三枝達の当初のプランは、一ラウンド目は左ジャブ中心に組み立てて距離を長めに取って戦い、二ラウンド目から徐々にプレッシャーを強めて行って最終ラウンドにパンチをまとめて判定勝利を狙う、と言うものだった。それが、第一ラウンドで早くもダウンを奪って事で良い意味で予定が狂った。ジャッジの採点では、ダウンを取ると相手に二ポイントは差をつけられる。つまり、ダウンを取った時点で奥井と阿久津の間には二ポイントの差がある事になる。だからと言って変に打ち気にはやらせては逆転される可能性も大きく膨らむ。リスクヘッジの意味で、三枝はインターバルでジャブ中心の指示を伝えたのだが、結果は予想を上回った。 「いや〜でもぉ、勝てて良かったッス」  鼻を啜りながら、奥井がしみじみと言った。プロデビュー時の年齢が遅い奥井には、一戦一戦に進退がかかっていると言っても過言では無い。奥井にしてみれば、今日の見事な勝利で首の皮一枚繋がった訳だ。  三枝が口を開きかけた所へ、控室の扉が開いて友永と利伸が入って来た。 「奥井〜、やったなぁオイ!」  友永は奥井を見つけるなり祝福し、肩を叩いて労った。その横で、利伸も言った。 「あ、おめでとうございます」 「あ〜祐次さぁん、それに利伸君、わざわざありがとうございましたぁ〜」  奥井は座ったままふたりに向かって頭を下げた。友永は笑顔で続ける。 「いや、まさかあんなに綺麗にダウン取れるとは思わなかったぜ。あの時の奥井の顔、超面白かったよなぁ?」  突然話を振られて戸惑いつつ、利伸は「あ、はい」と答える。そこへ三枝が苦笑しつつ割って入った。 「こっちはヒヤヒヤしてたんだぞ!? ダウン取ったのにその場にヌボーッと突っ立って、俺達が注意しなかったらいつまでもあの倒れた相手眺めてて、レフェリーから注意食らったかも知れんのだからな」 「あ、いや本当、あのパンチは正直ラッキーでしたぁ、ぶっちゃけ当たると思ってませんでしたから〜」 「やっぱりな」  そう言うと、友永は豪快に笑った。その脇で、大森が利伸を見て言った。 「それにしてもアレだな、利伸が見に来ると勝つよな、うちの選手達は」 「ああ、そうですね。祐次の時も、井端の時も来てましたね」  三枝が同調すると、横から友永が茶々を入れる。 「イバの時は危なかったけどな」 「確かに」  大森が認めると、利伸以外の全員が笑った。  その後、三枝達は入場口付近からリング上へ視線を送り続けた。六回戦、八回戦と進むにつれて、内容も濃くなって行った。メインイベントは東洋太平洋スーパーフライ級タイトルマッチで、現在まで二度の防衛に成功している王者の夏木剛が挑戦者の反町啓一に敗れる波乱が起きた。  ホールを出た三枝達は、近くのステーキレストランでささやかな祝勝会を行う事にした。 「どうだ利伸、来るか?」  三枝が誘うと、利伸は鳩の様に首を動かした。 「あ、はい」 「今日はオックンの奢りだぞ、なんたってKO賞貰ったからな!」  大森の言葉に、奥井が何故か恐縮した。 「いや〜何か、まぐれ当たりみたいなもんで〜、まぁとにかく、沢山食べてってよ」 「あ、はい」  頭を下げる利伸を伴って、三枝達はステーキレストランに入った。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加