番外編 四度目のリングサイド(4)

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番外編 四度目のリングサイド(4)

 キャンバスに、友永が尻餅を突いていた。突然の事に、三枝の頭は一瞬混乱した。だが、レフェリーの声が三枝を現実に引き戻した。 「ダーウン!」  レフェリーが友永の前に屈み込んでカウントを数える間に、城島は全く表情を変えずにニュートラルコーナーへ歩を進めた。  一旦離れてすぐに距離を詰めようとした友永の顔面に、城島がいきなり放ったノーモーションの右ストレートがクリーンヒットしたのだ。  状況を飲み込んだ三枝は、大森達と共に友永に向かって喚き散らした。 「祐次! 焦らずに立て! 時間使え!」  友永は己の腰の両脇に拳を下ろし、膝を畳んで抱える様にしながら立ち上がり、城島と反対側のニュートラルコーナーに背を預けた。三枝が表情を窺うと、どうやらダメージはそれ程受けてはいない様だ。  カウントエイトでグローブを掲げた友永に、レフェリーが確認を行う。一抹の不安を残しながら見守る三枝達の前で、レフェリーは城島の方を向いて続行を指示した。三枝は安堵の溜息を漏らしてエプロンサイドに凭れた。  再び対峙したふたりは、ほぼ同時に左ジャブを出した。友永の拳は僅かに届かず、対して城島のそれは友永のガードを叩いていた。そこから踏み込んだ城島が力強いワンツーを打つ。友永は左を軽くパーリングして、右に合わせて右ロングフックを打った。互いの腕が交錯し、拳が頬を掠めた。城島が返しの左フックを振るが、友永はダッキングでかわして左アッパーを突き上げた。寸での所でスウェーイングした城島が右を打ち下ろすと、友永は潜り込んでクリンチに持ち込んだ。レフェリーに分けられると、友永はガードを高く上げて接近し、城島の左をブロックしてボディに左右のフックを集めた。城島の右フックが後頭部を通過し、そのまま友永の首に巻き付けられる。友永は密着しながら尚もボディへ拳を打ちつける。ロープ際にもつれた所でレフェリーが分け、城島に注意を与えた。  またも高いガードで近づく友永に、城島もガードを上げて応じ、額をつけてボディの打ち合いを始める。城島の左アッパーが友永の顎を捉え、直後に城島が左ボディフックを出して離れた。追いかけた友永の左オーバーハンドは空を切り、前につんのめった友永がスリップダウンした。すかさずレフェリーがふたりの間に入り、友永に立ち上がる様に促す。  仕切り直したふたりの左ジャブが相打ちになったと同時に、ラウンド終了のゴングが鳴った。三枝は椅子を持ってリングに上がり、戻って来た友永を座らせてマウスピースを外した。 「大丈夫か祐次?」  三枝が訊くと、友永は口角を吊り上げて答えた。 「ああ。フラッシュダウンだ」  三枝は頷くと、友永に水を飲ませながら思案した。  当初の作戦は早々に見抜かれ、新たな作戦は効果を見せ始めてはいたが、ダウンを奪われた所為で難しくなった。途中から友永が挑んだ接近戦にも、城島は正面から対抗して見せた。  穴が無い。  三枝は、改めて城島というボクサーの完成度の高さに舌を巻いた。  肩越しに赤コーナーを振り返ると、城島陣営は全体的に余裕を感じさせた。舌打ちして顔を戻した三枝に、友永が告げた。 「ノボさん、こうなりゃ削り合いだ。フルラウンド覚悟しといてよ」 「あ、ああ、判った。ガード下げるなよ」 「ウッス」  頷いた友永に、越中がマウスピースを噛ませた所でセコンドアウトの指示が飛んだ。三枝はボトムロープを跨ぎながら友永に言った。 「あれだけフィジカルやったんだ、スタミナは絶対勝ってるからな!」  リングを降りた三枝の背中に、第三ラウンド開始のゴングが浴びせられた。  中央で城島と対峙する否や、友永が左ロングフックを強振した。城島は難なく腕でガードするが、友永は構わず右フックを振る。これもガードした城島が左ジャブを伸ばすと、友永は額で受けてまたも右フックを放つ。左の肩口を捉え、城島が思わず肩をすくめる様に引く。尚も右フックを打つ友永に、城島は左肘を上げてブロックしつつ右ストレートを被せた。友永は頭を沈め、下方向へ半円を描いて左へ体重移動し、斜めに左を伸ばす。これも肩の辺りにヒットした。 「ユージの奴、何やってんだ?」  大森が誰にともなく言った。三枝が視線を友永に向けたまま答えた。 「アイツは、ああやってガードしてる腕と肩を狙って打って、ダメージを溜めようとしてるんですよ。さっきアイツが言った『削り合い』って言うのは、謂わば根比べです」 「なるほどな」  大森が頷く前で、友永は城島の鉄壁のガードに蟻の一穴を穿つべく、ひたすら左右のフックを浴びせ続けた。
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