番外編 四度目のリングサイド(5)

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番外編 四度目のリングサイド(5)

 友永の腕攻めは、第四ラウンド以降も続いた。  上半身を極端なまでに左右にウィービングさせながら、城島の腕や肩、主に筋肉の繋ぎ目を狙って拳を打ち込んで行く。城島が覆い被さってクリンチを試みた際には空いたボディにストレートを打ちながら離れ、距離が開いた時にはオーバーハンドを振って飛び込み、また腕を狙う。それでも城島がパンチを捩じ込んで来るが、ブロックとパーリングで凌ぐ。  こうなると、三枝達はただ見ているしか手が無かった。愚直にパンチを打ち続ける友永と、耐えて反撃の機会を窺う城島との、正に根比べである。  第七ラウンド辺りになると、城島の腕周りに明らかな変化が見えて来た。  両肩の三角筋の繋ぎ目の周辺と、両前腕の外側が赤紫色に変色し始めていた。ラウンド終了後のインターバルでセコンドが頻繁に変色した箇所を冷やしている姿を見て、三枝は作戦が上手く行っている事を確信した。 「祐次、奴の手数は明らかに減ったぞ。恐らくポイントはイーブンくらいに戻ってる筈だ、このまま行けば判定で行けるぞ」  三枝の言葉に、友永は無言で頷いた。だがその目は、更なる闘志に満ち溢れていた。  第八ラウンドのゴングが鳴り、友永はガードを高くしてリング中央へ進み出た。対する城島は足取りがやや重く、ファイティングポーズは取るものの両腕の位置は低い。  友永が前進してワンツーを放つと、城島は表情を歪めてスウェーイングする。友永は勢いをそのままに城島の右肩目がけて左フックをダブルで打ち込んだ。なす術無く受けた城島が、険しい表情のまま左を振るが、モーションが大きい為に友永はあっさりとかわし、右ボディフックを合わせる。綺麗にヒットし、城島の身体が少し曲がった。 「効いた!」  三枝が声を上げた。反対に城島サイドが慌て出す。だが友永は波状攻撃には行かず、また左フックを城島の肩へ叩きつける。苦し紛れに出した城島の右が頬を掠めるが、友永は意に介さずに右フックを左肩へ伸ばす。城島の左腕にブロッキングする力は残っていないらしく、変色した部分に直撃した。自然と、城島の足が後ろへ動く。友永は左ジャブを出しながらついて行き、城島の背中がロープに辿り着いた所でまた腕狙いのパンチを連打する。城島は力が思う様に入らない腕でフックを振り回しながら右へサイドステップして距離を取ろうとする。冷静にかわした友永が尚も左フックを打つモーションに入った時、城島が足を止めて逆方向に回ろうとした。その刹那、友永の左腕のモーションが止まり、直後に右拳が唸りを上げて城島のガラ空きのボディに突き刺さった。 「ウッ」  城島の呻き声が、三枝の耳にも届いた。友永が素早く右腕を引き、もう一度ボディに伸ばしかけた。反射的に身体を丸めた城島の顔面に、今度は友永の左アッパーが吸い込まれた。仰け反る城島のボディに、友永はまたしても右拳を打ち込む。途端に、城島の表情が変わった。と同時に口からマウスピースがこぼれ落ち、歯を食い縛りながらキャンバスに両膝を着いた。 「ダーウン!」  レフェリーのコールと同時に、三枝達がコーナー下で拳を突き上げた。当の友永は、落ち着き払った様子でニュートラルコーナーへ歩を進める。  カウントが進む中、城島は苦悶の表情のまま身体を起こす。何とかカウントエイトでファイティングポーズを取ると、レフェリーからマウスピースを噛ませて貰って友永を睨みつける。 「油断するなよ祐次!」  三枝が声を飛ばすと、友永は軽く二度頷いて城島と向かい合った。 「ボックス!」  レフェリーの合図と同時に、城島が必死の形相で打って出た。だが大振りの為に友永はあっさりとかわし、空振りした肩にパンチを浴びせる。あからさまにクリンチに来た城島の腕をかいくぐり、ボディブローを連打する。三枝が場内に設置されたタイマーに目を移すと、このラウンドの残り時間が一分を切っていた。 「祐次! あと一分!」  三枝が知らせると、友永は再び接近して城島の肩へフックを放った。嫌がった城島が両腕を前に出して捕まえに来た所へ、友永の左ボディアッパーが決まった。 「カハッ」  苦悶の声と同時に、また城島のマウスピースが落ちた。動きの止まった城島のこめかみを、友永の右フックが打ち抜いた。首を大きく横に振りながら、城島はキャンバスに両手を着いた。二度目のダウンだ。友永は倒した城島を振り返る事無くニュートラルコーナーへ下がった。三枝は友永を一瞥してから、苦しそうな顔でレフェリーのカウントを聞く城島を観察した。三枝だけでなく、誰の目から見ても、そのダメージの深刻さは明らかだ。  立つな。  立つな。  頼むから、そのまま立たないでくれ。  三枝は心の中で願い続けた。その間にもカウントは進み、城島は何とか立ち上がろうとセカンドロープに腕をかける。だがその腕も、執拗な友永の攻撃を受け続けた所為で殆ど力が入らない。  カウントがセブンを数えた頃に、宙を舞う何かが一瞬照明を遮った。城島とレフェリーとの間に落ちたそれは、城島のセコンドが投げ込んだタオルだった。
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