番外編 四度目のリングサイド(6)

1/1
前へ
/87ページ
次へ

番外編 四度目のリングサイド(6)

 リングの中央で、レフェリーが友永の左腕を高々と挙げる様を、三枝は眩しそうに見つめた。  東日本新人王の決勝を棄権してから追い続けた城島を、漸く乗り越えた。カクテルライトの光が、友永の前途を照らす様に見えた。  友永の後ろから赤コーナーへ進んだ三枝達は、城島のセコンド陣と挨拶を交わした。その傍らで、友永が背中を丸めつつ両肩をアイシングする城島に声をかけた。 「やっぱり強いな、お前」  城島は友永を振り返ると、力無く微笑んで返した。 「お前こそ。だが次は勝つ」 「そん時ゃ、俺が日本チャンピオンだな」  口角を吊り上げて応えると、友永は城島と軽く拳を合わせて踵を返した。その後ろ姿を見送りながら、三枝は改めて敗者に目を移した。  両肩を赤紫に染め、深刻なダメージを負った筈のボディに掌を当ててロープをくぐる姿に、試合前にトイレで遭遇した際に見せた尊大なまでの自信は全く無かった。  意気揚々と控室に引き上げた三枝達を、客席から駆けつけた利伸、奥井、井端の三人が出迎えた。 「いや〜祐次さぁ〜ん! やりましたねぇ〜おめでとうございますぅ〜!」 「遂に勝ちましたね祐次さん!」  井端と奥井が頻りに祝福する横で、利伸が微笑混じりに会釈した。 「おぅ、ありがとよ」  壁際のベンチに腰掛けながら答えた友永に、三枝が水の入ったボトルを渡してから言った。 「本当に、よくやったよ」 「なぁ、あそこまでキチンと作戦を遂行するとは思わなかったぞ、どっかで痺れを切らして倒しに行くんじゃねぇかってヒヤヒヤしてたんだぞ!」  大森が横から割り込むと、友永が苦笑いして返した。 「会長、俺だってアイツに勝つ為にどうすりゃ良いかくらい判断つきますよ」 「いや〜、でも最後に倒したコンビネーション、凄かったッスよぉ〜! あの城島があんなに苦しそうにダウンするなんて〜、もぉビックリですよぉ〜!」  まくし立てる奥井をあしらうと、友永が利伸に訊いた。 「どうだった利伸?」 「あ、はい。あの、城島選手の我慢強さに驚きました」  その言葉に、三枝は少し瞠目した。  地道に攻め続ける友永だけでなく、友永の執拗な肩狙いを受け続けた城島の状態を、冷静に観察していたらしい。違う意味でも、良い目をしていると改めて感じた。 「まぁ、ともかくこれで心置きなく年が越せるなユージ」  大森の問いに、友永が微笑して頷いた。そこへ、井端が口を出す。 「じゃあ祐次さん、来年はいよいよ日本タイトル挑戦ッスね!」 「いや、その前に――」  否定するかの様な友永の言葉に、三枝達の間に一瞬緊張走った。だが数秒後に友永の口から出たのは、意外な台詞だった。 「利伸のプロテストだ」  直後、全員の視線が一斉に利伸に注がれた。受けた利伸は目を丸くしてそれぞれを見返した。友永が立ち上がり、利伸に歩み寄って告げた。 「来年は、お前のプロテスト合格の為に俺達が全面的にバックアップするぜ。ねぇノボさん」  急に水を向けられて戸惑いつつ、三枝は大きく頷いた。 「お、おぉそうとも! 利伸、来年もビシビシ行くぞ!」 「あ、は、はい!」  少し声を上擦らせながら返事した利伸を見て、全員が笑顔になった。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加