応用編 スパーリング(2)

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応用編 スパーリング(2)

 着替えを済ませて更衣室から出て来た水島にウォームアップ後の指示をしてから、三枝はサンドバッグを叩く利伸に近寄って告げた。 「終わったらミットな」 「あ、はい」  パンチを打ちながら返事した利伸に頷き返して、三枝は一旦事務室に引き上げた。大森は別の練習生とリング上でミット打ちをしているので、自分で茶を淹れてひと口啜り、サボりがちな事務仕事をいくつか片付けていると、ラウンド終了のベルが鳴って利伸がサンドバッグから離れた。三枝は残りの茶を飲み干して事務室を出て、ミットを掴んでリングへ向かった。それまでリングを使っていた大森と練習生がリングを降り、入れ替わりに三枝と利伸がロープをくぐった。 「よし、行こう」 「あ、はい」  三枝の号令に利伸が答えた直後にラウンド開始のベルが鳴った。  二ラウンドのミット打ちを終えた利伸に二ラウンド分休む様に伝えると、三枝はシャドーボクシングを終えた水島を呼んで一ラウンドのミット打ちを行い、終了後にスパーリングの準備をさせた。利伸に目を転じると、床に腰を下ろして壁にもたれながら、バンテージを巻き直していた。 「利伸、スパーの準備するぞ」 「あ、はい」  利伸がバンテージを巻き終えて立ち上がるのを確認し、三枝はジムの備品から十四オンスのボクシンググローブとヘッドギア、急所を守るファールカップを取り出した。その傍らで、水島がヘッドギアを装着している。三枝は寄って来た利伸にファールカップを渡してからヘッドギアを被せ、後頭部の紐をしっかりと結んだ。その間に利伸はファールカップを嵌め、グローブに手を入れてマジックテープで固定した。 「よし、じゃあふたりともリングに上がれ」 「オッス」 「あ、はい」  両者が同時に返事してリングへ向かった所で、事務室で一服していた大森が出て来た。 「お、いよいよか」 「ええ」  頷いた三枝がリングに上がると、利伸と水島はそれぞれ対角線上のコーナーに控えていた。大森がエプロンサイドに陣取ったのを横目で見ながら、三枝はふたりを中央に呼んだ。 「利伸、マスと違って当てるからな、気を引き締めてやらんと怪我するぞ。水島、利伸は初めてだが手加減は無しだ、いいな」 「あ、はい」 「判りました」  ふたりの返事を聞いて、三枝はタイマーを確認した。次のラウンド開始まで十秒程だった。ふたりを一旦コーナーへ下がらせてから、開始のベルと共に告げた。 「ボックス!」  合図と同時に、水島が弾かれた様に飛び出してリング中央を取った。遅れて出た利伸に、水島の左ジャブが襲いかかった。だが利伸は冷静に左掌で受けて、すぐに左ジャブを返す。水島は意に介さずに前へステップインし、ボディへワンツーを打つ。左は僅かにヒットしたものの、右は利伸がバックステップでかわす。利伸はロープ伝いに左へ回り、追って来る水島の顔面に左ジャブを伸ばした。額に当たり、水島の顎が少し上がる。すかさず放たれた利伸の右ストレートは、水島の左腕に弾かれた。やや体勢の崩れた利伸に、水島の右ロングフックが飛んだ。辛うじてスウェーイングする利伸だが、左頬を拳が掠めた。返す刀で放った水島の左ボディブックがクリーンヒットし、利伸の身体がくの字に折れた。 「離れろヒョロ!」  大森の指示に、利伸は左腕を突き出しながら後退する。水島は鋭い追い足を見せて左右を連打するが、利伸がガードを固めて凌ぐ。水島がガードをこじ開けようと強烈な左フックを側頭部めがけて振った。右拳を上げて防いだ利伸のボディに、水島が左拳を素早く引いて打ち込む。これもクリーンヒットし、利伸の口から呻き声が漏れる。手応えを感じた水島が、ガードの隙間を狙って右アッパーを突き上げた。だが利伸が左腕を絞っていなすと、上体を預けてクリンチした。振りほどこうともがく水島だが、上背で上回る利伸に半ばのしかかられる状態になってしまい、身動きが取れなくなった。 「ブレイク」  三枝が割って入り、両者が再びリング中央で向かい合った。三枝はさり気なく利伸の様子を窺ったが、二度のボディブローのダメージはそれ程感じられなかった。 「ボックス」  合図の直後に、水島が左ジャブを出しながら前進すると、利伸も踏み込んで左ジャブを打った。水島のジャブが届く前に、利伸のジャブが水島の顔面に到達した。慌ててヘッドスリップしてヒットは免れたが、リーチの差が明確に現れて水島も驚いている様だった。 「ヒョロ、先手先手!」  大森の声に応える様に、利伸の手数が増えた。矢の様な左ジャブが水島を襲う。その速さと長さに、たまらず水島が足を使う。追った利伸がワンツーを打った。水島は右をタッキングでかわしてから右オーバーハンドを強振した。右にステップして避けた利伸に向けて、水島が左拳を斜めに突き上げた。その刹那、弾ける様な音が響いて水島がマットに尻餅を突いた。
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