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テランは特に不自由を感じていないので、自分を肯定し、素直に詐欺師として生きていた。
ここ数週間、テランは「なにか大きい儲け口が欲しいな」と思いつつも、肝心の大きな儲け口のきっかけをつかめずにいた。小金を持った貴族の未亡人を何人かひっかけはしたが、違うのだ、テランが求めているのは、こんなありきたりな結婚詐欺ではない。こんな誰にでもできる詐欺ではない。
もっと、都全体をあっと言わせるような、そんな話が欲しい。あっと驚かせて、さっと消えて、一生安泰、そんな大きな儲けが欲しい。テランも年齢的に三十路が見え始めて、そろそろ「詐欺師を引退してもいいかもなあ」と思い始めていたのだ。
儲け話はいくつか考えていた。土地ころがし、興行詐欺、便利用品の販売などなど。だが、どれもテランがこだわる「あっと驚かせる」という点では弱かった。そんな詐欺はありきたりだ。
もっとこう、独創的で新境地をひらくような詐欺がしたい。狡知を極める自分とは正反対の人種が出演するような芸術的な詐欺がしたい。
そう思いながら軽食屋で茶を飲んでいたところ、出会ったのである。
見るからに、まったく世俗に染まっていない純真無垢な少年、ムトウに。
「ぼくはテラン・ヨウと言うのだけれど、君、名前は何だい?」
「ムトウ・イシオです。よくムトウって呼ばれます」
「ここで出会ったのも何かの縁だ、好きなだけ食べてくれたまえ」
「ありがとうございます!」
親切なテランの言葉に、大きな荷物を背負っていたムトウは喜んで料理店の一席に座り、初対面のテランをまったく疑わずに食事を始めた。テランはムトウの足元に置かれた荷物を注視する。
「ところで、ムトウ君、その荷物はなんだい?」
「あ、駄目です、一族に伝わる大事なものなので、一族以外の人には見せられないんです」
「見せてくれなくてもいいから、それが何か教えてくれないか」
「えーっと、箱です」
ムトウはあっさり口にした。
「おっきな、古い箱です」
「箱、箱ねえ」
「そうです。ずっと一族の密所に祀られていた箱なんですけど、一昨日父さんが死んでイシオの一族が俺だけになってしまったんで、一緒に都に持ってきました」
「箱の中身は何なんだい?」
「わかりません」
ムトウはきっぱりと自らの言葉に何の疑念も抱いていない様子で答えた。
「誰も開けたことがない箱なんで、中身はわかりません」
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