光冠を投げ捨てよ

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結婚。 神事の儀が過ぎたその日からアグニの頭はその言葉で一杯だった。 青い草と湿った土の香りの上で寝転んでいると、どこからか吹いてきた暖かな風が髪を撫でていった。 何度か寝返りを打ってもアグニの心は落ち着かなかった。 何をしていてもノルンの顔がちらつく。 ノルンは優形ではあるが背も高く、アグニより少しばかり年嵩で既に立派な男だった。博識で達観していて、悩みや泣き言をいくつ聞いてもらったかわからない。 物静かな彼が、花や植物を持って行って見せてやると子供のような無邪気な笑顔を見せる瞬間が好きだった。 ノルンは同じ守り人として対等に分かり合えるかけがえのない存在。これからもずっとそうなのだと思っていた。 「結婚、か」 何もおかしな話ではない。むしろそれがやってくるのは当然というべき。 何があってもお互いが一番の理解者だということは変わらない筈だ。なのに、何故こんなにも胸がざわつくのか。 あの日、結局アグニは何も言えなかった。友としてどういった言葉をかけるのが正しかったのだろう。 「おい、アグニ」 ぼうっと木々の隙間から注ぐ木漏れ日を見上げていると、枝葉の揺れる音と共に聞こえてきた声に顔を向けた。     
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