光冠を投げ捨てよ

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「さあて、まだ何も無いと言うかな」 老人の言葉に目を開けば、自分を取り囲む世界に愕然とした。 辺り一面、白く滑らかな石。振り返ってもその場に森はなく、匂いすらも違っていた。透き通るような空気にどこかから微かに聞こえる清らかな水の音。 上を見上げれば半透明の岩場が光を放ち、その岩場がとろけ出すようにして出来た鍾乳石が灯りの代わりになっていた。 つやつやとした床はどんなに磨き抜かれた鏡よりも美しくアグニを映し、彼を歓迎した。 目の前には水晶で出来た扉があり、それは大柄の男が背伸びをしてもてっぺんには届かない程に高く大きいものだった。 大扉にはアグニの見たことのない文字や模様が全面に彫り込まれている。 「これが神殿?」 呟いたアグニに老人は、そうともと返した。 「ここが神様に最も近い場所だ。ぬしら守り人は神様の使いじゃて」 老人はアグニの額に生える角をかさついた手で撫でた。     
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