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「・・・え」と。
困惑を見せる三上の足元に、さっきポケットにつっこんだ四つ折りの紙を放る。
「俺に売ってくれたらそれに書いてある額の二倍払う」
よく聞こえるように、もう一度言った。
就職して先輩や上司に勧められるまま加入した保険をいくつか解約して、貯金も全部を下そう。
ギプソンのベースも、イブサンローランのレザージャケットも、タグホイヤーの腕時計も全部メルカリで売ろう。
この先極貧生活をしいられるだろうけどべつにいい。
後先考えない愚か者の言動だろう。
でも、今、ここで、何かを大きく変えなければ・・・ゆりちゃんの不在を引きずったまま、光の入らない八方塞がりの部屋の中でゆるやかに死んでいく気がする。
俺はそれでもいい。
でも友樹はだめだ。
「さきほどご説明したように、先のお客様がもうすでにーー」
「横から入ってきて何言ってんだって思ってるでしょうけどうちはここじゃないとだめなんだよ」
強い声を出した元晴の腕を、友樹が掴んだ。もういいよと言いたいのかもしれない。
友樹の顔を見られない。
正しい方法でどうにもならないときは金の力で解決するんだと、モラルの欠けた手本を見せる汚い大人の顔だから。
気まずい無言の時が流れる。
これまでの柔和な愛想笑いを納めた三上が、呆れたように、憐れむように、軽蔑するように元晴を見る。
三上が天井をあおぎ、人差し指で額をかく。耳をそばだてなければ気付かないかすかな舌打ちを聞いた。
「少しお時間をいただけますか」
「もちろん」
「あまり期待はしないでくださいね」
一週間後、「提示価格そのままで志摩さんにお売りしたいとのことです」と連絡が来た。
「値引き交渉をしてくる奴には売りたくないそうで」と、進んでいた交渉の雲行きが怪しくこじれかけていたことを教える。
「ありがとうございます」
心の底から感謝の気持ちが溢れた。
三上は最後、「二倍出さなくていいですよ、よかったですね」と言って笑った。
ゆりちゃんがこの世界から消えて二年。すべての桜の花びらが地に落ちて、青々とした若葉が風に揺れる。春のおわりのことだった。
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