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「ともー」
「…」
「ともきー」
「…」
「しまともきくーん」
「…」
だめだこりゃ。
公園から自宅への帰り道。
サッカーボールをお腹の前に抱え、てくてく歩む友樹の背中に何度も呼び掛けるが聞こえてはいないようだった。
「おーーーい」
「…」
「なーーーって」
「…」
「おっと危ね」
信号がパカパカしはじめた短い横断歩道に友樹が足を踏み出す寸前、Tシャツの襟首を掴んで引き戻す。
ゆっくりと右折してきたバスには全面にポケモンのイラストが描かれていた。
友樹の好きなバス。
いつもなら慌てながら「スマホで写真撮って!」と言ってくるのに、今日は黙って見送るだけだった。
「とも、楽しかった?」
前に回り込んで顔をのぞくと、友樹の瞳が爛々と揺れていた。
いまだ夢から覚めやらぬ、というように。
まだ意識のほとんどが現実に戻ってきていないような。
どこにも焦点が結ばれていないようでいて……ただ一点だけを強く強く見つめているまなざしだった。
緊張の糸が溶けたことでぼんやり腑抜けてしまったわけではなさそうだった。
友樹は今しがた自分の身に起きたできごとを、その心とからだに刻みつけるよう、一生懸命アップデートしていた。
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