春のこと
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春のこと

住宅情報サイトを見て電話してから30分。 「本日ご案内させていただきます、三上といいます。よろしくお願いします」 直接待ち合わせたマンションのエントランス前で渡された名刺の肩書きは主任となっていた。 上がるエレベーターの中、「ねえお父さん」と話しかけてきた友樹の声で、三上がほっと安堵の表情を浮かべたことに気づく。 「どうかしました?」 元晴の問いかけに、眉尻の下がる親しみやすい笑顔で「よかった。正直、兄弟でのひやかし内覧かと思いましたよ」と答えた。 平日の昼間なのに学校へ行っていない友樹については触れてこなかった。 通されたリビングルームは広くなく、テレビとソファーとダイニングテーブルを置いたらいっぱいいっぱいになりそう。 でもその代わり、サッカーボールの軽い蹴りあいくらいはできそうなバルコニーがあった。 友樹が手すり壁に両手をかけ「鳥が目の前飛んでる!」と背伸びする。 20階、30階建てのマンションがありふれた今時。 高層階とはいえない8階からの展望ではしゃぎまくる友樹に、三上は少し面食らっていた。 「俺らアパートの1階に住んでるんだ。で、まわりの建物にほとんど景色塞がれてんの」 教えるとふにおちた様子で「なるほど」と頷いた。 「にしてもでかい窓っすね」 元晴は手すり壁に背中を預け指紋ひとつないぴかぴかのガラスを眺める。 「はい。けどはじめからこうではないんです。住んでらした売り主の方が自分好みに手を加えてます。他の部屋も壁の一面だけ色がつけてあったり」 「へーえ」 くるりと反転し、友樹と同じ風景を見る。 不思議な場所だ、と思う。 玄関側から見える世界は、再開発に再開発を重ね、今も背の高いビルがつぎつぎと増え続ける大都会そのものなのに、このバルコニーから眺める町並みはとてものどかだった。 狭い間隔で一軒家がひしめいてはいるが。 「あそこってなに? 神社の敷地かなんか?」 テトリスみたいに形状の違いはあれど無駄なスペースなく配置された家々は、緑がこんもりと茂る森のようなエリアを囲うように建てられていた。そこを指さす。 「あー、あそこは緑地公園です。アスレチックや結構大きな池や、グラウンドもあって夏休みは盆踊り大会なんかで賑わいますよ」 「そうなんだ」 「こちらをお渡ししておきます」 三上は元晴にこのマンションの外観と部屋の間取り、設備や築年数を印刷した一枚を渡した。
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