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表面上は穏やかに、紳士的に振る舞った。
──今度リサイタル開くんだってね、おめでとう
もしかしたら僕たちは、“友達”になんかなるべきじゃなかったのかもしれない。椎葉の活躍を聞くたび、僕は悔しくて、なぜ僕は選ばれた人間じゃないのかと、自分に腹をたて、自分を嫌悪した。
ドビュッシー、L100-1「版画」より、「塔」。
重厚な鐘の音と、東南アジアをイメージした不思議な音階、晴れ渡った草原に、色とりどりのシルクが風に舞う。
この大きな舞台。たくさんの観客。その一人ひとりを常に魅了し、期待に応えるピアノを、自分にとって最高のピアノを奏でなければならない──そう、ピアニストなど、並大抵の精神力では決して務まらない。ピアニストとは、偉大なる作曲家たちの代弁者なのだ。
いつだったか、椎葉に尋ねたことがある。僕はピアノをやめた後で、椎葉は2回目のリサイタルを開く直前の頃だったと思う。
──次にコンクールに出るとしたら、優勝を狙う?
椎葉はふと僕から目を逸らし、夕日に染まった顔で、少し悲しそうに微笑んだ。
「優勝してみたいけど……僕は、僕のピアノを弾きたいから」
華やかな舞台の上で、再現部を優雅に奏でる椎葉は、おそらく今そこにはいない。ピアノの音色とともに、遠い国へ、東南アジアの古びた寺院へと、観客を導いている。
再現部から、サビに差し掛かった。
ここで。
ここでようやく、椎葉のピアノが叫んだ。
爆発的とも言える咆哮── ああ、僕は…… 僕はこの音の波に飲み込まれたくて、ここにいるのだ。
廃屋のような古びた寺院のあちこちから、新緑の芽が天に向かって伸びていく。
荘厳な鐘が響く……
***
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