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日曜日。
カーテンを開けると朝日が顔をだそうとしていた。この日も良く晴れそうだ。ジョギング日和だが。
「どうしようかな」
呟いて時計を見る。そろそろ用意をしないといつもの時間に間に合わない。まあ、一方的な約束だから行かないという選択もあるのだろうけど。
山瀬君の不安そうな顔が脳裏にチラつく。
あれ?この顔、どこかで……。以前にも会ったことがあった?
私は思い出そうとしたけれど結局分からなくて、もやもやした気分を振り払うように顔を洗った。いつものようにトレーニングウェアに着替える。そしてランニングシューズを履き、ドアに手をかけた。
山瀬君は昨日話したところから少し先の石のベンチに座っていた。
私は既視感を覚えていた。桜の木の下、ベンチに座っていた彼を知っていると思った。
「里菜さん」
不安げだった山瀬君が私に気付いてふわりと微笑んだ。
「来てくださったんですね」
「行かないでもやもやするよりはね」
ため息交じりに答えた私に山瀬君は複雑そうな顔になった。
「それでもいいです。座りませんか?」
私は彼の言葉に従い、隣に腰かけた。そしてまた既視感に襲われた。
「覚えていませんか?一年前の今頃、僕はここに座っていました」
「……思い出した」
一年前、山瀬君があまりに不安そうな顔をしてここに座っていたので、私は声をかけたのだった。
確か、山瀬君は第一志望の高校を落ちて、今の高校に通うことになった。学校に馴染めず、学校に行くのが苦痛になってここに座っていたと話していた。
「学校には慣れたのね」
「もう二年目ですからね。さすがに」
「そう。良かった」
私は安堵して微笑む。
「僕は里菜さんに会わなかったら学校に行くのをやめていたかもしれません。本当に感謝しています」
「大げさね」
「本当です。あの日里菜さんは僕をやんわりと叱ってくれました」
「そ、そうだった?」
叱った?
私に山瀬君は可笑しそうに笑った。
「僕、かなり甘やかされて育ったんで、凄く新鮮でした。あれから里菜さんがここを走っているのをいつも見ていた。里菜さんが真っ直ぐに前を向いて走っているのを見て、僕も頑張らないと、と思って学校に通いました」
山瀬君は懐かしそうに目を細めて桜の花びらがはらはらと舞うのを見ていた。
「最初はわからなかったんです。この気持ちが何なのか。でも、毎朝里菜さんの姿を探していた。もっと話してみたい。こちらに気付いて欲しい。段々願いが増えて……」
私は澄んだ目でそう言われてなんだか恥ずかしくなって目を伏せた。
「それは本当の私を知らないからよ」
「じゃあ、教えてください!」
手を握られ、ドキンとしてしまった自分を恥じ、
「こ、こらこら、手を離して」
と手を上に抜こうとする。山瀬君はますます力を強めて離さなかった。
「告白してくれたあの子には悪いけど、僕はこの機会に感謝してます。里菜さんとまた話せた。手も握れた」
真っ直ぐすぎる山瀬君の想いがむず痒い。若い頃の迷いに違いないのに、不覚にもときめいている自分がいる。不味いなと思った。
「憧れと好きは違うと私は思うの」
「僕の気持ちは僕が一番分かります」
真っ直ぐに見つめて言われて私は思わず立ち上がった。
「逃げるんですか?」
「なっ」
山瀬君はまだ手を離してくれなかった。
「離して。あなたはまだ高校生でしょ?」
「だから何ですか?僕の気持ちに対する答えになっていません」
最初の印象とはかけ離れた強い視線が私を射抜く。
ああ。捕まった、と思った。来るんじゃなかった。こんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけられたことがあっただろうか?
最近感じていなかったこの感覚。
私はため息をついた。
「ゆ、友人から始めない?」
情けない言葉が私の口からこぼれた。
「から、ですね。いいですよ。いずれ恋人になるというなら」
満面の山瀬君の笑みに、私は力なく頷くしかなかった。
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