僕、この世界に慣れてきました

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料理の準備、水の供給や火の供給、この世界ではそれは全て精霊の仕事だった。精霊が動きやすいように環境だけを整えた、その形の中身は空っぽでこれでどうして動くのだろう? と機械に慣れた僕なんかは思ってしまうのだけど、それはこの世界に住む者達にとっては当たり前の仕様で、僕は深く考える事を止めた。 「スバル、今日もチャレンジだ」 「うん」 僕はコンロの前に立ち、頭の中で精霊に呼びかける。どうやら僕は精霊に非常に好かれていて、そんな精霊達は僕の期待に応えようと僕の呼びかけには過剰に応えてしまう傾向があるようなので、力の加減は慎重にしなければならない。 コンロで火柱を上げること数度、困り果てた僕達が魔術師のおじさんにどうすればいいのかを問うと『呼びかけは具体的に』というのが先生の答えだった。 ただ「火が欲しい」と呼びかけると精霊達は喜び勇んでありったけの力を発動してくれてしまうようなので、例えば「卵が焼きたいから、そのくらいの火が欲しい」と、具体的な火の量を正確に伝えるのだ。 それでも精霊達は、うきうきで応えてくれるので火力が強すぎて焦がしてしまう事もたびたびなのだが、僕はだんだんに台所仕事だけはどうにかこなせるようになってきていた。 魔力自体を使う事は控えろと言われてもいたのだけど、精霊を扱わなければ生活もままならないこの世界ではそんな事も言っていられない。幸い台所仕事で使う魔力などたかが知れていて、僕の魔力供給には然程影響はないと判断された。 「少~し、少~しだよぉ」 目視で確認しながらコンロの上にフライパンを乗せて、野菜を炒める。そういえば、初日に蠢いていた野菜のような物はどうやら僕の世界の食虫植物のようなモノだったらしく、空気中の何かを摂取して蠢いていたのだという事が分かった。まぁ、食べてしまえばただの葉っぱだったよ。 調味料はやはり名前も役割も僕の世界とは違っていて覚えるのは大変だったのだけど、どうにかこうにか僕にも使えそうな調味料は把握した。母子家庭で育った僕は割と料理が得意だ、材料と調理器具の扱いさえ把握できてしまえば後は簡単だった。 「毎度思うが本当にスバルの料理は斬新だな。しかもそれでいて食べてみると美味しいから不思議だ」 シロさんは僕の背後から覗き込むようにしてそんな事を言う。どうやら、僕の料理の仕方はこっちの世界とは微妙に違うらしい。この世界の料理って割とシンプルだしね。煮たり焼いたりした物に多少の調味料、ダシなんかも当然なくて少し試行錯誤したけど、まぁ、なんとかなった。 「食べ終わったら、少し外出するか」 そう言ったシロさんの言葉に僕は頷く。まだこの世界に慣れていない僕は1人で外出は出来ないから、早く僕をこの世界に馴らす為にシロさんは僕をあちこちに連れ歩いてくれているのだと思う。 食べ物のお店、生活雑貨のお店、街の何処にどんな施設があるのか、僕は少しずつ覚えていく。時々、シリウスさんの知り合いだと思われる獣人に声をかけられる事もあって、僕がまごついていると、シロさんが「シリウスは今、記憶が混乱していて」とか、そんな話を相手に説明してくれた。 そんな話を聞いた相手は「そりゃ、お前上手い事やったな」と、シロさんの肩を小突いたり、含みのある笑みを浮かべられたり、はたまた怒ったような表情をする者も居て、僕は反応に困る。 「ねぇ、シロさん。さっきの獣人さん、なんであんなに怖い顔してたのかな?」 「あぁ、恐らくシリウスを狙っていたんだろう。私とシリウスが婚約者だという事は周知の事実ではあったけれど、シリウスは今まで私にろくすっぽ匂い付けもさせてくれなかったからな、場合によっては奪い取れると思っていたのだろう。だが今、スバルからは私の匂いしかしないし、ついに番になったんだな……と、皆の反応はそういう事だ」 番……そうか、僕は既にシロさんのお嫁さんだと思われているとそういう事なんだね。っていうか、そういうの、傍から丸分かりなのってちょっと恥ずかしい。そんなに僕、匂うのかな? 「あ! シロウ、それにシリゥ……じゃないや、スバル君、お買い物?」 道の向こうから声をかけてきたのは魔術師のおじさんの番相手のビットさん。兎の半獣人なだけあって元気よく飛び跳ねて、僕達に手を振っている。 「ビット、1人で買い物か?」 「買い物というより、お使いだよ。 急な注文が入って届けに行ってきた所」 「1人じゃ危ないだろう?」 「大丈夫だよ、僕がヨムの番相手だって知らない奴なんてこの街にはいないし、ヨムの守護魔法だってかかってる。僕に手を出そうとする馬鹿、この街にはいないはずだよ」 ヨム? 誰? って言うか、ビットさんの番相手って言ったら魔術師のおじさんだろうから魔術師のおじさんの名前? 「それにしても無防備な……」 眉間に皺を刻んだシロさんの言葉に、ビットさんは「シロウは心配性だなぁ」と、笑みを零した。 僕達は何とはなしに連れ立って歩き出す。 「そういえば、うちのから聞いたけど、スバル君、魔術師の免状貰ったんだって?」 「え……あ、はい」 僕は免状が結局どういった物なのかも分からないのだが、魔術師さんは僕にその魔術師の免状と言うのを与えてくれた。それは紙の証書とかそういった物ではなく、魔術師さんが翳した手から零れた光を浴びただけで、僕にはそれがどういう事なのか全く分からないのだけど、どうやら貰ったらしい。 「いいなぁ、見せて見せて」 「え……? これって何か見せられる物なんですか?」 「あれ? 知らないの? シロウ、教えてないの?」 「現状、必要ないだろう?」 「必要ないとかの話じゃなくて、基礎知識だろ? スバル君を独り占めしたいシロウの気持ちも分かるけどさ、そういうの良くないと思うよ?」 シロさんが気まずそうに瞳を逸らし、何故かビットさんが呆れ顔だ。 「あの……話がまったく飲み込めないんですけど……」 「もしかしてスバル君は『免状』が何なのかも知らない感じ?」 「まぁ、そうですね」 「そうかぁ、免状って言うのは言ってしまえば、自分はこんな事が出来ますよって言うお墨付きみたいなものでね、ある一定の資格を持った者のみが与えられる特別な証明なんだよ。うちのは魔術師の師範だから魔術師として適正があると判断した者にその資格を与える訳だけど、スバル君はその魔術師の免状を貰ったって事だよ」 「それって何か凄いことなんですか?」 「そんなの当たり前だろ! 免状なんてそんな簡単に貰えるものじゃないんだよ! それひとつ持っているだけで出先での待遇だって変わるんだから!」 へぇ、そんな感じなんだ。よく分からないけど凄いものなんだね? 簡単には貰えないってビットさんは言うけど、僕、物凄く簡単に貰っちゃったんだけど、いいのかな……? 「という訳で、見~せ~て」 「えっと、どうやって?」 「はい、両手出して、手のひら下に向けて……」 僕が両手をビットさんの前に差し出すと、ビットさんが僕のその両手の上で円を描くように指を回す、すると僕の手の甲からぽわっと何か光が浮かび上がって、僕はびっくりする。 「うわっ、何コレ!?」 「これが免状……って、あれ? スバル君も剣士の免状持ってるんだね?」 僕の手の甲から浮かび上がったのは2つの光の輪で、それぞれに形が違っていたのだけど、それのどちらかが魔術師の、そしてもうひとつは剣士の免状であるらしい。 どういう仕組みで光っているのか分からないけど、これ凄いな。 「僕、剣なんて使えないですよ……」 「その免状はきっとシリウスの物だな。身体はシリウスの物だから消えずに残っているのだろう」 「そうなんだね、でも凄い! 免状2つも持ってたら、僕達半獣人でも普通の生活が送れるよ、いいなぁ、羨ましい」 「そうなんですか?」 「そうだよ! あともうひとつ有れば中央に行く資格だって貰えるよ!」 中央……確か、人が獣人に守られて暮らしている場所だっけ? 免状が3つ有れば半獣人でも人と番になれるって事? シロさん、そんな事教えてくれなかったのに。 「ビットさんは免状持ってないんですか?」 「うん、持ってない。そもそも半獣人は色々な能力が獣人より劣っているからね。でも、スバル君は2つも免状持っていて凄いよ!」 「片方は僕のじゃないです」 僕は未だにシリウスさんの剣は持ち上げられない。魔術で持ち上げる事は可能だと魔術師のおじさんは言っていたけど、魔力は極力使うなとも言われているし、そもそも持ち上がったところで、振り回すのは無理だろう。 「シロさんは?」 「私は……」 シロさんは中央に行く資格が無いと言っていたのだ、それは背の高さが足りないからだとも言っていたが、もしかして免状の数も足りないのかな? 「シロウは格闘家だよね、あとはヒーラーだっけ?」 「ヒーラー……? えっと、回復する人? それも魔術じゃないの?」 「魔術の一種ではあるが回復専門、攻撃は出来ない、だから魔術師じゃない」 えぇ……なんかややこしい。 「魔術の中にも上位魔法もあれば下位魔法もある、回復も攻撃も一通りこなせば魔術師だが、その一部しか扱えない者はそれぞれの魔法に特化して免状が出る。私の場合は回復専門のヒーラー、攻撃に特化していれば魔闘士だ」 「免状ってたくさんあるんだね……」 「言ってもヒーラーや魔闘士の免状は大した特権にはならないよ、魔法系ならやっぱり魔術師以上が特別な免状かな?」 特別……それは一体どういう区分けなのか? 僕にはさっぱり分からないよ。 「魔術師以上って事は、この免状はレベルUPする事もあるって事?」 「そうだよ、魔術師の上が『魔導師』、その上が『賢者』で、更にその上が『大賢者』! もっと上まであるけど、そこはもう神の領域だから、僕達みたいな下々の者には関係ないかな」 あれ? そんな感じなんだ? 僕、魔術師のおじさんに大賢者になれる資質も有るって言われたけど、大賢者ってそんなに上の資格なんだ…… 「さっき免状3つ以上で中央に行けるって言ったけど、免状が『魔導師』ならひとつでも中央に行ける資格が得られるんだよ。シリウスは数じゃなくてそっちで中央行きを狙っていたから剣士の上『剣豪』の免状を狙っていたんだ」 「へぇ、そうなんだ」 中央に行くっていうのは本当に何かステータスみたいなもんなんだね。あれか? 卒業して出世して上京みたいな感じ? 「スバル君は魔導師の免状取らないの?」 「ビット、もうそれ以上は止めてくれ……」 「なんで? スバル君にだってこの世界の仕組みを知る権利はあるだろう? シロウがスバル君を囲い込みたい気持ちは分かるけど、スバル君には才能があるんだから、その辺はスバル君自身に選ばせてあげなきゃ駄目だろう?」 「それは……」 「シロウはスバル君もシリウスと同じに自分を置いて行くと考えているのかな? もしスバル君がそれを選んだとしても、それはスバル君の自由で、何も教えないのはフェアじゃないと僕は思うけどな」 うんん? なんだかビットさんがシロさんに説教してる。シリウスさんはもしかしてシロさんのお嫁さんになるのが嫌で、中央を目指していたって事? それでシロさんは僕もシリウスさん同様にシロさんを置いて中央に行ってしまうかもしれないってそう思って、僕にそれを教えなかったって事なのかな? 「私だって、いずれ教えようとは思っていたさ……だがスバルは魔術師の免状は貰ったが、じいさんに魔術は使うなと言われている。シリウスの免状、剣士も持っているだけで使う事は出来ない。だから現状話す必要もなかっただけで他意はない」 「本当に?」 ビットさんが覗き込むようにシロさんの顔を見上げると、やはりシロさんは気まずげに瞳を逸らすので、ビットさんの言う事もあながち間違いではなかったって事なのかな? シロさんって嘘吐けないんだね。 「ビットさん、あんまりシロさんを虐めないで。僕は別に現状で満足しているので、魔導師の免状も正直どうでもいいです。持っていた方が生活的に楽になるって言うなら取るのも有りかと思うけど、別に僕、中央っていう場所に興味ないんで、どっちでもいいんです」 「そうなの!? 才能あるのに、勿体ない!」 「普通に使いこなせなかったら意味ないですよ」 「扱い方はこれから覚えればいいと、思うんだけどなぁ……」 ビットさんは何度も「勿体ない」という言葉を繰り返す。 「スバルは欲がないんだな」 「? 中央って番相手を探しに行く場所なんだろ? 僕、それなら別にシロさんで良いし……」 「何言ってるの? 中央は番相手を探しに行くだけの場所じゃないよ!? って言うか、勿論その意味合いで行く輩が多いのは事実だけど、中央にはありとあらゆる権力と富が集まっている。それを手に入れる為に皆、中央に行くんだよ!」 「富と権力……?」 「そう! この世界の物事は全て中央に住んでいる者達が決めている。それこそ、この世界の仕組みそのものを作り出しているのが中央に暮らす権力者達なんだ」 「それは『人』がこの世界を統べているって事?」 確かシロさんは中央には獣人達に守られた『人』が暮らしているとそう言っていた。そしてその中央がこの世界の中心なのだとしたら、それはこの世界は『人』が全てを牛耳っていると、そういう事なのではないのだろうか? 「違うよ、人が中央に集められているのはハーレムみたいなものでさ、その実権を握っているのは一部の獣人達だよ」 「ハーレム……」 「そう、人は簡単に死ぬからね、バラしておいたらいつ絶滅するか分かったものじゃない。それに纏めておいた方が効率よく人口を増やせるだろう?」 なんだか、人は絶滅危惧種扱いな上に、まるで家畜を増やしているようなその物言いに、僕は少し首を傾げる。 「この世界の『人』の扱いがよく分からない……」 「しいて言うなら生む道具?」 「えぇ……」 「だって人なんてそれ以外に能は無いんだから、頑張って生んでもらわないと」 「もしかして扱い的には人は半獣人より下なんですか?」 シロさんが大事に中央で守られていると言っていたから、『人』というのは、それはもう大事にされているのかと思いきや「生む道具」って、それってなんか酷くない? 「まぁ、そうだね。人は寿命が短いから、母親だと言っても関係性は薄いよ。それで言ったら半獣人の方が長生きだし、子供を大事に扱うし、人より半獣人の方がいいって奴等も中にはいるよ」 そうか、全ての生みの親は『人』だけど、寿命は最長でも100年程度だとすると、寿命の長い獣人は大体子供のうちに生みの親とは死に別れる訳だ、だからこの世界では母子間の親子の関係性はとても薄いのかもしれない。 それにしても「生む道具」は、あんまりな言われような気もするけど。 「人は特別に優遇されているのかと思っていたんだけど、意外とそうでもないんだね」 「大事は大事なんだけどね、子を成す以外にはこれといって役に立たないから」 人は完全に役立たず扱いか……僕、この世界で、とりあえず半獣人で良かった。 そんな事を思った時に、ふいに僕達の前に影が差した。目の前に立つのは大きな獣人、それこそシロさんが言っていた、シロさんの二倍もありそうな大きな、これは……トラ? 「匂う、匂うなぁ……」 大きなトラはそう言って、何故か僕の匂いを嗅ぐようにして、僕の顔を覗き込んだ。
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