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まだ日が昇るにはずいぶんと時間のある真夜中、頬を撫でられる感触に瞳を開けた。
耳に響くのはシロさんの「シリウス……」と、呟く切ない呼び声。僕はシリウスさんじゃない、何度も何度もそう言っているのに、やはり彼は僕にシリウスさんの面影を見てしまうのだろう。
「ぅんん……シロさん? 眠れないの……?」
たった今目を覚ましましたという素振りで、僕が彼の腕を撫でると「悪い、起したか?」と、彼は少し申し訳無さそうな表情を見せた。
「うん、ちょっとくすぐったかった。でも、やっぱりシロさんのもふもふ気持ちがいい」
そんな申し訳無さそうな顔をさせたかった訳ではない僕は、やはり気にしていないという素振りで笑みを零す。すると、シロさんの顔が急に僕の顔に近付いて僕の瞳を覗き込んだ。
「どしたの、シロさん?」
「スバルは私の事を好きだと言ってくれたが、それは本当に……?」
「へ……? あ、うん……ホントだよ」
不安そうな表情のシロさん。なんでそんな顔をしているんだろう? さっきシリウスさんの名前を呼んでいたのはシロさんなのに、僕よりシリウスさんの事の方が好きなんだろう? なのになんでまるで捨てられた子犬のような瞳で僕を見るの……?
「スバル、私はお前を愛してもいいだろうか……?」
愛? 愛って何だろう? シリウスさんがいなくなって不安になった? それともいよいよもって僕をシリウスさんの代わりにしようとしているのかな?
僕だって考えなかった訳じゃないんだよ、シロさんとシリウスさんは婚約者で、それは現在は夫婦ではないが、いつでもそういう関係にはなれる間柄って事だもんね。シロさんはシリウスさんが自分の事を嫌っていたと言っていた、だけどそれでもシロさんはシリウスさんが好きだったんだろ?
「どうしたの? 何か怖い夢でも見た?」
僕は両腕を伸ばして、シロさんの頭を抱きしめるように引き寄せた。
「怖い夢って嫌だよね。一人の時とか最悪だよ、泣いても誰も来てくれないの、そういうの、寂しいよね」
僕は眠れない夜を1人で過す事に慣れている。そんな夜を幾つも経験している僕は1人が寂しい気持ちを知っている。そして今、きっとシロさんはシリウスさんがいなくなって寂しいんだ……
「スバル、私は……」
抱かれてもいい。シロさんは僕にとても優しくて、そして僕を愛してくれるとそう思う。例えそれがシリウスさんがいなくなったせいで、そして僕がそんなシリウスさんに瓜二つなせいなんだと分かっていても。でも……
「僕で良ければ、愛していいよ。でも、僕の愛って結構重いよ? シロさんに愛されたら、きっと僕はシロさんを束縛すると思うけど、シロさんにはその覚悟がある?」
「覚悟……」
「きっと浮気は許せない、それがシリウスさんでも、僕は嫌だ」
そこだけは譲れない。僕はシリウスさんの代わりに愛されたい訳じゃない、今ここに居る僕を愛して欲しい。それは贅沢な願いではないはずだ。
シロさんに一瞬の迷いの表情が見えた。けれど、一度瞳を閉じた彼は、もう一度僕の瞳を覗き込み「私は……スバルを選ぶ」と、そう言った。
「そう……」
僕は頷き瞳を閉じる。彼の言葉を信じていいのだろうか? もし今この瞬間にシリウスさんが目の前に現れたとして、彼は本当に僕を選んでくれるだろうか? 先程の切ないようなシロさんの呼び声が頭に響く。僕はシリウスさんなんかじゃない。
「だったらいいよ、好きにして」
僕の言葉に、シロさんは僕の肩口に顔を埋めた。彼の大きなもふっとした手が僕の寝巻きを捲くり上げ、僕の肌を直に撫で上げる。
「スバルの肌はまるで絹のように滑らかで気持ちがいいが、傷を付けてしまいそうで心配だ」
獣人達の指は短い。けれどそれは長さが手に対してというだけで、シロさんの手は僕よりずっと大きいし、指だって僕より長い。僕達半獣人の手は人の手と変わらないのだけれど、彼等の手は獣と人との間くらいなのだろう、機能的にはきっと人ほど器用には動かないと思われるその指が僕の肌を撫で上げた。
「んっ……くすぐったい……」
「私はことこういう事に対して経験が浅い、駄目だと思ったらすぐに言ってくれ」
不安そうな表情のシロさん、そんなの僕も同じだよ。僕は彼の首に両腕を回して、彼の鼻面に口付けた。この場合、キスってどうすればいいんだろうね? 人同士みたいには上手くいかないけど……そんな事を思っていたら、シロさんの舌が僕の顔をぺろりと舐めた。
あ……舌……
口内に彼の舌が侵入してくる、僕はそれをどうしていいのか分からないのだけど、彼に身を任せるようにしてその舌を受け入れた。
「んっ、っふ……」
重量のある舌が僕の口内を無遠慮に侵略していく。唾液が口の端から零れて顎を伝っていくのが分かった。
「っあ、シロ、さん……苦し…………」
僕の訴えに彼が身を離す、彼の口元も少し湿り気を帯びて、それを見て少し恥ずかしくなった僕は瞳をそらした。
「すまん、スバル……大丈夫か?」
シロさんの鼻面が僕の髪、というか耳元を擽った。僕がそこ気持ちよくなっちゃうの分かっててやってるだろ?
シロさんは僕の服を脱がせにかかるんだけど、恥ずかしいからシロさんも脱いでよ……
って、そこまで思ってはたと気付く。無理じゃん! もう最初からシロさん脱いでた!
どうも僕の中では彼の体毛は服みたいな扱いだった事が今更判明。いや、服を着るんだから裸だね? とは思っていたんだよ? だけど、その体毛のおかげであまり違和感も無く、彼の腕の中に抱かれて寝ていたけど、僕、かなり無防備過ぎだったんじゃね?
いや、もう今更か……
「どうした、スバル? やはり……」
常時不安そうな瞳のシロさん。そんなにHに自信がないの? 大丈夫だよ、僕、比較対象今までいた事ないから、何をしたってシロさんが一番だ。
「僕、自分で脱ぐよ」
そう言って、僕が起き上がり寝巻きの上を脱ぎ捨てると、それをシロさんが食い入るように見詰めている。
「そんなに見られてたら恥ずかしいよ」
「え……あ、すまん」
慌てたように彼は瞳を逸らす。別に今までも普通に彼の前で着替えたりしていたんだけどね。なんだか、裸に別の意味が加わるとそれが途端に何故か恥ずかしい。
そういえば、この世界には下着ってものがないんだよ、みんな尻尾があるせいかあんまり布地を重ねたくないみたいでズボンは直穿き。穿いていてもいわゆるTバックみたいな、それ紐でしょ? みたいな下着らしくてさ、それを聞いた僕はそんな紐に意味を見出せなくて、シロさん同様にズボンは直穿きだったりする。
そして今、僕はそのズボンに手をかける事に物凄く戸惑っていたりもする。自分で脱ぐと言った手前、脱がない訳にはいかないんだけど、やっぱりどうにも恥ずかしい。上は平気なんだけど、やっぱり下はね……紐でもいいから下着、穿いとけば良かった……
「スバル……?」
「あ、待って、今脱ぐから……」
彼に背を向け、ズボンに手をかけると、後ろからやわりと抱き締められて「本当にいいのか?」と、そう言われた。
「いいって、僕、言ったよ」
心拍が上がる。いつも彼の腕の中でぬくぬくしていた、それはいつもと変わらない僕達の日常なのに、それでも僕の心臓は早鐘を打ち鳴らす。
最初からシロさんはそのつもりで、僕を抱き締めていたんだ、僕はそれにまるで気付いていなかった。まるで大きなぬいぐるみに抱かれているような、そんな気分で僕は彼の腕の中にいた、そんな事に今更気付いても、もう遅い。
「身体が震えている」
「僕だって初めてなんだよ、緊張くらいするよ」
「初めて、なのか……?」
なんで? なんでシロさんはそんな事言うの?
「シリウスさんはどうだか知らないけど、僕はこういうの、全部全部初めてだよ!」
やっぱり僕はシリウスさんの身代わりなのかな? シリウスさんは経験豊富だった? そりゃそうだよね、この世界では半獣人はもてもてで、きっとシリウスさんだって獣人達の間でモテまくってただろうさ。だけど僕はそんな経験一度もないよ! キスだって、さっきのが初めてだよ!
「すまん、スバル、そんな顔するな」
そんな顔ってどんな顔? 僕、今自分がどんな顔をしているのかも分からないんだよ。またしてもシロさんが僕の頬をぺろりと舐めた。それは立て続けに何度も何度も。
「ちょ……シロさん、やめ……もぅ……」
なんだか友達の家でわんこに顔を舐め回された時の事を思い出してしまう。はち切れんばかりに尻尾を振って、大歓迎のお出迎えだったような、そんな思い出。
シロさんの尻尾もゆるりゆるりと揺れているのが目の端に映った。
我が家で犬を飼った事はない。うちにはいつも猫がいたから。母さんは大の猫好きで、たぶん犬はあまり好きではなかった。
でも、今なんとなく分かるんだ、これ、慰めてくれてる感じ? それとも『ごめんなさい』の気持ちかな?
「シロさんが好きだよ。だから、好きにしていいよ」
ベッドの上に押し倒された。撫でる手が僕の胸の突起をつまんで撫で回す。こんなにぺたんこの胸、撫で回して楽しいのかな? なんて思いが頭を掠めたのだけど、冷静でいられたのはそこまで、何故ならシロさんが僕の尻尾の付根を撫で上げたからだ。
ズボンの中に手を突っ込んで直に撫でられたそこは、体中に電流のような快感を走らせて、僕の腰は勝手にうねってしまう。
「あ、シロさん、そこは……」
ついでのように耳まで甘噛みされてしまえば、僕の理性なんてもう無いに等しい。
「スバル……」
耳元で囁かれる、僕の名前。尾っぽを撫でる手も止まらない。
「んっ、ふ……あぁ、シロ、さ……」
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