僕、この世界をもっと知りたいです!

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僕、この世界をもっと知りたいです!

「本当に申し訳なかった!」 今、僕の目の前で頭を床に擦りつけんばかりにして僕に土下座をしているのは、僕の保護者で獣人のシロウさん。なんで彼がこんな事をしているのかと言えば、昨夜初めて結ばれた僕たちだったのだけど、あろう事かシロさんは、その最中に僕の名前じゃなくてシリウスさんの名前を呼んだんだ。 やってる最中だよ? あり得なくない? そんな事があって、僕はただいま絶賛家出中、シリウスさんの家でそんな彼の土下座を眺めながらも僕はぷいっとそっぽを向いた。 「シロさんなんか嫌いだよ、シロさんなんか、ずっと帰らないシリウスさんを待ってればいいんだ。どうせ僕よりシリウスさんの方が好きなんだろ! そりゃそうだよね、シリウスさんはずっとシロさんの婚約者だった訳だし、突然現れた僕なんて、シリウスさんの姿してなきゃ好きになったりしなかったよね!」 「違う、本当に! 私はスバルの方が好きだ! これは間違いなく、嘘でもなく、ただ本当に、つい条件反射で名前が出ただけなんだ!!」 そんな弁明されたって、そんなに簡単に信じられない。だって僕の姿形はシリウスさんのもので、シロさんにとったら僕とシリウスさんの違いなんて名前くらいなもんだろう。だけどさ……やっぱり嫌だ! 僕はスバルでシリウスさんじゃないんだよ!! 「僕、出掛けてくる! シロさんはついて来ないでねっ」 そっぽを向いたまま、すっくと立ち上がり僕は玄関へと向かう。シロさんは「な……待て、スバル!」と、僕を追いかけようとしたんだけど、どうやら土下座で足が痺れていたようで、小さく呻いて立ち往生。自業自得、ざまぁみろ! 僕はシロさんを置いて街へと繰り出した。こっちに来て初めての1人での外出だ。まぁ、言っても僕が行ける場所なんてそんなにたくさんはないんだけどさ。そんな僕が向かった先は、僕と同じ半獣人のビットさんの暮らす魔術師さんの天幕だ。 「いらっしゃいませ~……って、あれ? スバル君?」 僕が天幕に入っていくと、営業スマイルのビットさんが出迎えてくれたのだけど、僕が1人なのを確認すると「シロウはどうしたの?」と、首を傾げた。 「もう、ビットさん聞いてよ~」 「なになに? 何かあった?」 興味津々のビットさんに昨夜の一件を一気に捲し立てると、ビットさんは「それはシロウが悪い」と、苦笑した。 「だよね、だよね! 酷いよね!!」 「そういう時に他の名前呼んじゃうのは本当にないよね~僕も新婚の頃はそういうのよくあった。ホント嫌だよねぇ」 「え? 新婚でそれって酷くない?」 「うちのは僕で番相手3人目だからね」 あぁ、そう言えばそうだった。ビットさんは魔術師さんの何人目かの番相手だってシロさんが言っていたのを聞いた気がする。 「まぁ、うちは番って言っても、僕はヨムのお世話係的な立ち位置で、そういう肉体関係はないんだけどね」 「え……そうなんですか?」 「うん。ヨムはもう歳だからね、そんな元気はないんだよ。僕、両親が死んじゃって身寄りが誰も居ないんだ。半獣人が1人で生きてくのはやっぱり大変なんだよ、それでどうしよう……って途方に暮れていたらヨムが拾ってくれたんだ。何にも出来ない僕だけど、店番くらいは出来るからね、ヨムには感謝してるんだ」 確かに魔術師のおじさんはずいぶん年寄りだとシロさんも言っていたし、そういう関係も有りなんだ。人で換算すると、歳の差幾つくらいになるんだろう? きっと親子以上の歳の差なんだろうね。 そんな事を思いながら、何とはなしに僕が服のポケットに手を突っ込むと、そこに何かが入っていて、僕は何だっけ? とそれを引っ張り出した。 「あ……」 ポケットから出てきたのはシリウスさんの家にあったお守り袋だ。そういえばポケットに突っ込んだまますっかり忘れていた。 「ソレは何?」 ビットさんが興味を惹かれたようで僕の手元を覗き込んできた。 「これ僕の世界のお守り……えっと、こっちでは確か『護符』って言うのかな?」 「え? これ護符なの? こんな形の初めて見た、ちょっと見せて」 ビットさんが手を差し出すので、僕はそれを彼の掌の上に乗せる。 「これ、何も感じないけど、本当に護符?」 「え? 護符って何かを感じたりする物なんですか?」 「それはね、身を守る為のまじないがかけられているのが護符だから、僕もこういう商売だし、触ればどんなまじないがかけられているかくらい何となく分かるんだよ。だけど、これは見事に何も感じないね」 「そうなんだ……って言うか、それもそうか、だってこれ、この世界の物じゃないし、こっちの世界のまじないみたいな物はかかってなくて当たり前なのかも」 「あれ? これって、スバル君の元いた世界の物なの?」 僕が頷くと、ビットさんは俄然興味が湧いた、という表情でお守り袋を見やる。 「これ、中に何が入っているの?」 「え? えっと……お札か何かですかね?」 「開けてもいい?」 僕は言葉に窮する。だってそれは僕の物じゃない。 「それ実はシリウスさんの物なんですよ。僕が勝手にいいって言っていいものか……」 「これ、スバル君の世界の物なのに、シリウスの物なの? どういう事?」 「それが僕にも分からないんですよ」 僕たちはビットさんの掌の上に乗る、ソレを2人で眺めやる。 「駄目かな?」 「開けて何か分かったりしますかね?」 「それは分からないけど、興味は有るね」 僕達は顔を見合わせ「開けちゃおうか」と、そのお守り袋に手をかけた。 小さな小さなお守り袋、本来なら木片とか小さなお札とか出てきそうなものなのだが、その袋から出てきたのは小さく折り畳まれた紙と小さくて黒いチップ。 「これって……SDカード?」 「えすでぃカード? って?」 「えっと、パソコンとかの情報を記録するメディア……」 「スバル君のそれは何かの呪文?」 意味が分からないという表情で首を傾げるビットさん。だよねぇ……この世界にパソコンなんてある訳ない。 「えっと、とりあえずこの中に何かの情報が入っているカード、です。ただ、それを見る為の道具はこの世界にはないと思うけど」 「という事は、これもスバル君の世界の物なの?」 「まぁ、そういう事になりますねぇ……」 僕の世界のお守りに、僕の世界にしか存在しないはずの物、なんでシリウスさんがこんな物を持っていたんだろう? 幾ら眺めた所でSDカードの中身が分かるはずもなく、僕はもうひとつの品物、小さく折り畳まれた紙を広げた。それはただの紙かと思いきや、そこには幾つかの画像が印刷されたA4サイズのコピー用紙だった。ずいぶん年季が入っていて所々破れている、その印刷された画像のひとつに僕は目を奪われた。 「これ……僕だ」 そこに印刷されていたのは8枚の写真、その中の一枚に僕がいる。そこに写されているのは2人の子供、お揃いのベビー服を着せられて、同じようにちょこんと座っていた。 僕はその写真に見覚えがあるんだ、たぶん全く同じではないけれど、似たような写真が家にある。猫の着ぐるみのようなそのベビー服には耳も尻尾も付いていて、とても可愛らしい。でも、その子供のうちの1人はベビー服のフードを被っていない、けれど、その頭に耳が付いている…… 「この片方がスバル君?」 「うん、そう。こっちが僕、それでこっちが兄の北斗……」 僕の記憶がどうにも曖昧だ。確かに幼い頃僕達はこんな耳付きフードをよく被らされていた。それはひとえに母が猫好きだからと思っていたが、この写真…… 「僕たちよくこんな恰好させられていて、出掛ける時はいつもフード被ってた気が……」 え? 待って? でも、北斗はフード被ってないよ? なのにどうして耳付いてるの……? 「でもこの絵、可愛いねぇ。凄くリアルだし、スバル君の世界ではこんな絵がたくさんあるんだ?」 絵? あ……写真ってモノも無いんだね。だったらこれも僕の世界の物じゃないか。どうして? どうしてこれがここにあるの? 「あれ……? こっちのは知り合いにちょっと似てるかも」 ビットさんは覗きこんでいた紙の別の写真を指差した。そこに写っていたのは明らかに獣人で、僕はますます訳が分からない。だって、僕の世界の写真なんだよ? なんでそこに獣人が写り込んでいるの? というか、その写真の幾つかは僕の世界らしき場所とこっちの世界と思わしき場所が半々くらいで写っていて、僕はもう大混乱だ。 「あの、ビットさん……知り合いって、誰ですか?」 「え……あぁ、そこに息子がいるから聞いてみたらいいよ」 そんな事を言われて僕がビットさんの指差す先を見やると、そこには所在無さげなシロさんが大きな身体を小さく丸めて佇んでいた。僕が視線を向けると、彼はビクッ!と身体を強張らせる。いつから居たんだろう? 全然気付かなかった。しかもそんな怯えた顔で、まるで僕の方が彼に何か意地悪しているみたいじゃんか。 「これ、シロさんのお父さん?」 「本当にそうかは分からないけど、似てると思うよ」 僕は写真を見て、少し考え込み、ちらりとシロさんに視線を投げる。まだ、許した訳じゃないけど、この疑問は解決させたいもんね。僕がシロさんを手招きすると、シロさんは慌てたように飛んできた。
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