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「スバル! 私は本当に……」
「今はそれいいから、ちょっとこれ見て」
シロさんが何かを言いかけたのを遮って、僕はそのコピー用紙をシロさんに見せた。
「? これは……?」
「シリウスさんのお守り袋の中に入ってたの、そこの2人の赤ん坊は僕と北斗、そんでもって、端の方に獣人が写っているだろ……」
「…………父さん? え? この絵はなんだ? どういう事だ?」
「それが分からないから、呼んだんだよ。これ本当にシロさんのお父さん?」
「む……たぶん、よく似ていると思う」
やっぱりシロさんのお父さんなんだ。その被写体であるシロさんのお父さんの視線は完全にカメラに向いている、もしかしてシロさんのお父さん、この写真を撮った人知っていたりするのかも?
僕はむぅ~ん、と考え込む。
「あの、スバル……」
「シロさん、お手!」
僕の言葉にビクッ!と反応したシロさんの前足が条件反射のように僕の目の前に差し出された。僕はいつものようにその肉球をもちもちと揉みこむ。これ、集中する時にもちょうどいいね。
「スバル……?」
「僕、まだシロさんを許したわけじゃないんだよ」
僕はきっ!とシロさんを睨み上げた。
「もう絶対、二度と僕とシリウスさん間違えないって誓える!?」
「間違えない! 絶対にだ!!」
「ホントのホントに?」
「神に誓ってもいい!」
「そんないるのかいないのか分からないような神様に誓われてもなぁ……」
「だったら、その尾にかけて誓ってもらったら?」
僕の言葉に、傍らのビットさんがおかしそうに笑った。
「尾? 尻尾?」
それ、どういう意味だろう? 尾っぽに誓う?
「そう、尻尾。獣人のほとんどは長さの長短はあれ、皆、尾は付いているからね、獣人は忠誠を誓う相手を見付けたら、その尾にかけて忠誠を誓うんだよ。尻尾って意外と重要な物でさ、切り落とされたら平衡感覚が狂って歩けなくなる事もあるらしい。そういう自分にとって大事なモノをかけてでも誓いを立てたい相手なら、その尾にかけて誓う事も出来るんじゃない? ねぇ、シロウ?」
ビットさんはにっこり笑う。でも、そんな大事な誓い、シロさんは躊躇するかもなんて思ったら、シロさんは「スバルがそれを望むなら!」と、言い切った。
「え? 本当に?」
「この誓いは一生モノだ、スバルが私を本気で望んでくれるのなら、私はこの尾にかけてスバルに終生の愛を誓う」
なんか凄く大袈裟な感じになってきた。これ、ただの痴話喧嘩だったはずなのにな……でも、シロさんの本気は見える気がする。
「もし、私がスバルを裏切るような事があったら、私のこの尾をスバルのその手で切り落として構わない」
「僕、シロさんのその尾っぽ気に入ってるから、切るのはどうかと……あぁ、でも、切って飾っとくのもありかなぁ……?」
僕の言葉にシロさんの尻尾がくるりと巻かれて怯えたように縮こまった。自分で言っておいて怖いんだ? ふふ、なんだか可笑しいの。
「分かった、了解。今回は許します、でも次やったら……」
僕は指でちょきを作って、シロさんの目の前で切るマネをして見せると、怯えたように彼はこくこくと頷いた。
「これで一件落着かな? 良かったね、仲直りできて」
「あぁ、本当に! スバル!」
シロさんが僕を抱きこみ、ビットさんは綺麗に微笑んだ。僕に頬ずりするようにシロさんがすりすりしてくるものだから、僕もくすぐったくて思わず笑ってしまった。
「もう、シロさん! くすぐったいよ! それよりもさ、これ、他の場所とか分かるのない?」
僕達はもう一度その不思議な写真を改めて覗き込んだ。けれど、シロさんとビットさんは顔を見合わせるようにして首を傾げた。他には特に何か分かりそうな情報はないみたい。シロさんは僕の身体を離す気はないようで、僕はシロさんに完全に抱えられている。まぁ、いいんだけど……膝の上はちょっと恥ずかしいな。
「他に情報はなし、か……でも、こんな写真がシリウスさんの手元に有るとなると、もしかして、シリウスさんって、本当に北斗だったのかな……?」
「写真?」
「そう、この絵のこと、僕の世界では『写真』って言うんだよ。その時あった事をそのまま画像に残すんだ、リアルなのは当然、描いた絵じゃないんだよ」
「それは凄いねぇ、そんな魔術聞いた事ないけど、スバル君の世界って変わってる」
写真は魔法じゃないんだけど、まぁ、説明面倒くさいから放置しよ。
「ふむ、これはスバルと兄のホクトなのか?」
「そう、可愛いだろ」
「確かにとても愛らしい、だが、この幼いスバル達の姿は出会った頃のシリウスにも似ているな……これは本当にスバルとホクトなのか?」
「うん、それは間違いないよ」
「これがスバルの兄のホクトなのだとしたら、シリウスがホクトである可能性はゼロではない、と、私はそんな気がする」
シリウスさん=北斗……? でも、だとしたら北斗はなんでこの世界にやって来た? 一緒にいるはずの僕達の父親は? 分からない事だらけだ、一体何が起こっている?
「僕はシロさんのお父さんに会ってみたい」
僕の言葉にシロさんは少し驚いたような表情を見せた。けれど、写真の一枚に写っている獣人を指差してシロさんはそれを父親に似ていると言ったのだ。その写真の被写体の視線は完全にカメラを向いている。だとしたらシロさんのお父さんはこの写真を撮った人の事を知っているはずだ。
その写真を撮ったのが、僕達の写真を撮った人と同じなのか、違う人なのかは分からない、けれど僕はそれが知りたいと思った。
「何処にいるの? 会いに行こう!」
「いや、スバル! ちょっと待て、確かにこれは私の父親によく似ているが、会ってどうする? 父はこの街には暮らしていない、行くのなら少しばかり遠出になるぞ?」
だって、そこには不思議な写真が残っているんだ。なんで僕がここに飛ばされたのか、そんな疑問もその写真は解いてくれそうな気がするんだよ。
「遠出って、お父さん何処に住んでるの?」
「家にある地図を思い出して欲しいんだが、私達が今いる街が地図のここ」
シロさんが机に四角を描いて指差した先は、最初にシロさんに教えて貰った場所と同じ。
「そして、今、父がいるのはこの場所だ」
シロさんが指し示したのは四角の中の横にスライドした反対端。うん、確かに遠い。
「転移魔法があるって、シロさん言ってただろ? そういえば有料なんだっけ? 高いの?」
「決して安くはないな、一か月分の生活費が吹っ飛ぶくらいはかかるだろう」
「そんなに……」
「普段なら、魔物退治に行く為に使う、魔物退治には報酬も出るし、それでプラスが出るからいいんだが、ただ父に会いに行く為だけの出費なら、少しばかり痛手だな」
「そうなんだ……でも、なんでシロさんのお父さん、そんなに遠くに住んでるの?」
「それは普通に仕事だな」
仕事……何の仕事なんだろう? それこそ魔物退治? でもそれなら近くでも出来そうなもんだけど。
「ジロウさん、今はここの遺跡の調査なんだ?」
「ジロウさん……?」
「私の父親の名前、ジロウ」
「もしかして、おじいさんの名前、タロウさん?」
「何故それを……」
うわ、当たった。なんという分かりやすい名前! 漢字を当てるならきっと「狼」だよね。太狼、次狼にシロさんが四狼、でもちょっと待って……
「三狼さんはいないの?」
「私の叔父がサブロウという名だ」
分っかりやすっ!! 笑っちゃいけないんだけど、ちょっと笑っちゃう。
「スバル、何を笑う?」
「ううん、ふふ、何でもない、ごめんね、っく……」
ツボに入った僕が堪えられずに大爆笑していると、シロさんがとても困惑顔だ。ホントごめん、馬鹿にしてる訳じゃないから、ただちょっと変なツボに入って可笑しいだけだから!
「うわぁ、シリウスのそんな笑い顔、初めて見た。いや、スバル君がスバル君だって事はちゃんと分かってるよ、でも珍しいモノ見た気分」
ビットさんはビットさんで別の意味で驚いてるし、本当にシリウスさんって気難しい人だったんだね。
「はぁ、ごめんごめん。それで、シロさんのお父さんは遺跡調査をする仕事をしているの? 遺跡って何?」
「古代遺跡だよ、じいさんが言っていただろ? 魔物出現の原因にはまだ謎が多く残されている、その調査研究をしている団体がある、名前を『ガレリア調査団』と言って、うちの父親はその調査員の一員なんだ」
「ちなみにうちのヨムも一員だよ。だけどヨムは歳だから調査自体には赴かないんだ、でも遺跡で発掘された魔道具なんかの鑑定とかやってるんだよ」
へぇ、それってちょっと宝探し(トレジャーハント)みたいで面白いね。
「シロさんはやらないの?」
「調査員になる為には資格も必要なんだぞ……」
「もしかして、免状?」
「当たり! 『ガレリア調査団』に入るには、やっぱり3つ以上の免状が必要だよ。調査員はエリート集団なんだ」
へぇ、そうなんだ。って事はなんだ、もしかしてシロさんのお父さんって物凄くエリートなんだ? でもよく考えたら、シロさんって子供がいるんだから勿論中央に番相手を見付けに行けた訳だし、エリートなのは間違いないんだね。
見上げたシロさんが、少しだけ悔しそうな顔をしている。『優秀な父親』の子って、結構プレッシャーもあるのかな?
「僕、その遺跡も見てみたいなぁ」
「な! 遺跡は危険な場所なんだぞ! それこそ魔物がうようよしているんだ、今の私達では近寄るだけでも危険な場所だ!」
「北の祠より?」
シリウスさん達が挑んで魔物に返り討ちにされたという『北の祠』。僕はそれがどこにあるのかも分からないのだけど、何がどう違うと言うのだろう?
「北の祠は既に調査が終わっている、まだ比較的安全な魔窟だ。それでもレベルの低い私達のような者にとっては命がけになってしまうが、ガレリア調査団のメンバーなら少人数でもすぐに攻略は可能なはずだ」
へぇ、そんなものなんだ。ガレリア調査団の人達って、本当に特別な人達なんだね。
「そっかぁ、会えないのかぁ……せっかく僕がここへ飛ばされた原因が分かるかもって、思ったのに……」
「スバルはそんなに元の世界に帰りたいのか……?」
不安そうな表情のシロさんの僕を抱く手に力がこもる。
「別に帰りたいわけじゃないないんだけど、原因が分からないと気持ち悪くない? それに逆に考えれば、はっきりした原因が分からないままだと、またいつ何時、僕が向こうに飛ばされるかも分からないんだよ?」
僕がシロさんのもふもふの腕を撫でるようにしてそう言うと、シロさんは「確かにそれもそうだな」と、頷いた。
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