僕とシロさんの帰郷

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集落に近付くにつれ、だんだん魔物の数が減ってきた。魔物にだってある程度の危機意識はあるみたいで、集落の近くは危険な場所だってちゃんと分かっているんだね。 ようやく僕達は少しだけ、落ち着いて歩を進める事ができるようになった。 「見えてきたぞ、スバル」 シロさんが指差した先、そこは堅固な壁の立ちはだかる城塞のような集落だった。ノースラッド程大きな街ではないけれど、そこそこ大きそうだ。 「あの壁は、魔物避け?」 「あぁ、何度も言うが世界の果てが近いからな、物理的な壁も勿論だが魔法障壁も完璧だ」 魔法障壁……そうか、そうだよね。この世界、剣と魔法の世界だもの、そんな物だってあるよね。 僕達は手を繋いで歩いて行く、町はだいぶ近くに見えたんだけど、歩いても歩いても辿り着かなくて、変だな……? と、思って気が付いた。僕は僕の感覚で町との距離を測ってたんだけど、違うんだよサイズが……当たり前の話だったんだけど、思わず失念していたんだよね、町が僕のサイズじゃない。 「でっか……!」 門がね、すでに大きいんだよ。そして、覗き込んだ町の中は、本当に何もかもがでかかった。 「うわぁ……」 僕は思わず言葉に詰まる。だってノースラッドの街はまだ僕に優しいサイズの街だったのに、この町全然その優しさがない。まるで巨人の国に迷い込んだ小人の気分だよ! 「スバル、こっちだ」 シロさんに促されて僕は歩いて行く、何もかもが大き過ぎて上を向いて歩かなければならない僕は首が痛くなりそうだよ。町の中にはシロさんの言う通り、シロさんの倍以上のサイズの獣人さん達がごろごろしていて、本当にいる所にはいるんだな……と、改めて驚いてしまった。 あと、もうひとつ驚いた事はここの獣人さん達、服着てない。下は穿いてるんだよ、それでも短パンみたいな短いの。上はベストみたいなのをさらっと羽織っている人もたまに居るくらいで街の人達みたいにきっちり服を着込んでる獣人さんなんて一人もいなかった。 「シロウ……? それにシリウスか!?」 突然かけられた声に振り向いたら、そこに居たのは大きな体躯の狼さん。まぁね、ここ狼の暮らす集落だし、住んでいるのは全員狼だよね。本当に真っ白な体毛はシロさんだけで、皆見事に黒から銀灰色で、それはそれで綺麗だけど、僕はやっぱりシロさんが一番綺麗だと思う。 相手が誰なのか分からない僕は、ついシロさんの後ろに隠れてしまうのだが、相手は僕のそんな態度に怪訝そうな表情を見せた。 「シリウスどうしたんだ? なんかおかしくないか?」 「あぁ……久しぶりだな、ロウヤ。これにはちょっとした理由があってな……」 「理由……? あれ? お前達……」 「ちょっと前に正式に番になった」 「マジか! それでシリウスのその態度か!」 「いや、それとこれとはまた別で……」 「歯切れが悪いな、お前は相変わらずどこか頼りないな。よくそれでシリウスと番になれたな。なぁ、シリウス? お前本当に、こいつでいいのか?」 話をふられて答えていいのか分からなかった僕はシロさんを見上げる。シロさんは少し困り顔だ。 「後悔してたりするんじゃないか? 大丈夫か?」 なおも言い募るそのロウヤと呼ばれた狼さんに「僕はシロさんがいいんです」と、小さな声で答えたら、その狼さんは大きく目を見開いた。 「僕? シロさん……? おい、シロウ! こいつ本当にシリウスか?! そういえばトレードマークの剣も担いでいないじゃないか! こいつ絶対偽者だろう! それとも何か呪いでもかけられてるんじゃないのか!?」 「いや、これで普通に正常だ。あと、この子はシリウスじゃない、スバルだ」 「スバル……? は? どういう事だ!?」 「話せば長くなる。今から長にそれも含めて説明に行こうと思っていた所だ。ロウヤも一緒に来るか?」 狼さんはそれならばと僕達に付いて来た。その狼さん、名前はロウヤさんと言うらしい。 ロウヤさんはじろじろと僕の顔を覗き込んでくるので、僕はシロさんの背中へと逃げ込んだ。 「あんまり見るな、スバルが怖がる」 「そうは言われても、どこからどう見ても、こいつはシリウスだろう? なのに別人だって言われても俄かに信じられるか」 「確かに顔はそっくりだが、別人だ。スバルはこの世界に慣れてない。ましてや街にはお前達みたいな大きな獣人はほとんどいないんだ、怯えさせないでくれ」 そう言って、シロさんは僕を抱きあげた。え、ちょっと! 僕、自分の足で歩けるよ! 「一丁前に旦那気取りか、シロウもずいぶん偉くなったもんだな」 「旦那気取りなんじゃなくて、旦那なんだ」 「まだ試練も受けてないのに?」 「それも含めての帰郷だ」 『試練』? 一体なんの話しだろう? 僕、そんな話聞いてないよ? 僕がシロさんを見上げると、シロさんは小さく頷いて笑みを見せた。心配するなってこと? そんなの心配するに決まってるだろ! しかも、いつの間にか僕達大注目で獣人さん達の視線が痛いよ! 良くも悪くも大歓迎はされないだろうって言われていたけど、ちょっと怖い。 シロさんは僕を抱えたまま、ある一軒の大きな家の前に立った。その建物は、周りに立ち並ぶ家々よりも一際大きくて圧倒される。 「ここは?」 「この町の長、一族を纏める族長の家だ。ちなみにロウヤは族長の三番目の息子になる」 「そうなんだ……」と、僕がロウヤさんを見やると、彼はそれに気付いたのか、にっと笑った。 「ロウヤさんとシロさんはお友達?」 「ロウヤは一応、私の弟分だ」 弟分? 弟……という事は歳下? 若いのかな? サイズ的にはシロさんの方が全然小さいし、弟分と言うわりに彼の態度は兄貴分に対するような態度にも見えないんだけど、その辺の関係性よく分からないから、とりあえず黙っとこ。 シロさんは僕を抱っこしたまま家の中に入って行こうとするのだけど、いいのかな? ここ族長さんの家なんだよね? 失礼なんじゃないの? 「僕、おりた方が良くない?」 「いや、番連れはこれが正式な形だから問題ない」 え? そうなの? そういうもの? なんて、思ったんだけど、その理由はすぐに分かった、この家、当たり前だけど大きいんだよ。番相手って基本的に『人』か『半獣人』な訳だろ? 抱っこでもされてないと周りも見えないの。ついでにシロさんは少しサイズが小さいから、抱っこされてても周り、よく見えない……この世界に最初に来た時に感じた感覚、小さな子供になったような気分だよ。 抱っこされたまま通された部屋の奥、そこには今まで見た事がないくらい大きな大きな獣人さんが座っていた。この集落の獣人さんは最初に思ったとおり、やはりあまり服は着ないみたいで、その大きな狼さんも上半身はそのまま、その大きくてもふもふな体躯を晒している。もう見るからに筋骨隆々でムキムキしているのだけど、その身体は大小傷だらけだ。言われなくても分かるくらいの歴戦の猛者って感じ。 「久しいなシロウ、それにシリウス」 「ご無沙汰をしております、族長」 「そうは言っても2年……3年か、然程の時も経ってはいないが、シロウ、ついにシリウスを手懐けたか」 族長さんはそう言って瞳を細める。そして、そんな族長さんの膝の上にはちょこんと乗っかっている半獣人さんがいる。とても綺麗な顔立ちで、綺麗過ぎて少し冷たい感じ。ぴん!と立った耳が微かに揺れた、あの人は犬かな? 狼かな? 「ねぇ、ラウロ……あの子、シリウスじゃないよ」 綺麗な半獣人さんが族長さんを見上げてそう言った。 「ん? そんな訳ないだろう? いくらわしが歳だと言っても、うちで育った子供の顔を見間違えるほど耄碌しとらん」 「顔は一緒、でもシリウスじゃない」 「なに?」 ラウロと呼ばれた族長さんは、瞳を細めてまじまじと僕を見やった。 「コテツ様もお久しぶりです、ですが何故お分かりになりましたか? この現象は私達にもまだ理解が出来ていないのに……」 「精霊の騒ぎ方が違うもの、シリウスだったら、そんな風に精霊が騒いだりしない」 あぁ、魔術師のおじさんに言われたのと同じだ。この人にも精霊が見えるんだ? 僕には全然見えないけど、やっぱり僕の周りには精霊さんがいるんだね。 彼が族長さんに「おろして」と一言告げると、族長さんが丁寧に彼をおろし、彼は静かに僕達の方へと歩いて来た。僕にとってはこの世界で2人目の半獣人、凄く綺麗な顔立ちだから、今度こそ女の人かと思ったんだけど、やっぱりその声は男の人の声だった。 シロさんも僕をおろしてくれて、僕はおずおずと彼の前に立つ。すらりとスタイルの良いコテツさん、僕より身長もあるし体付きもがっしりしているのに華奢に見えたのは族長さんの膝の上にいたせいか……コテツさん、族長さんの番相手なのかな? 「ふうん、やっぱり外見はシリウスなんだ」 そう言って彼は僕の顔を覗き込んだ。 「名前は? シリウスでいいの?」 「あ……僕、昴って言います」 「スバル……君はどうしてシリウスの中にいるの? シリウスはどこ?」 「それは僕にも分からないです。ある日目が覚めたらこうなっていて、僕にもどうしてこうなったのかさっぱり分からないんです」 「でも原因はあったはずだろう? 君の元々の肉体はどこ?」 「たぶん、この世界ではない、僕の世界に置き去りなんだと……」 僕の言葉にコテツさんは小首を傾げた。 「別世界?」 「僕の住んでいる世界には獣人も半獣人もいませんし、魔法もなければ精霊なんてモノもいなかったんです。だから僕にとってこの世界は異世界で、どうしてこんな事になっているのか僕にも分かりません」 「なのにシロウと番になったの? それともシリウスとシロウが番になった後でシリウスの体の中に寄生したの?」 寄生って……嫌な言い方だな、寄生虫扱い? まるで僕がシリウスさんの体を乗っ取ったとでも思っているみたい……というか、事実そう思っているのかな? 「最近魔物の中にも知恵の働くのが出てきてさ……」 「え?」 「私の張っている魔法障壁は魔物を全部跳ね除けるけど、こんな風に知った者の中に寄生されてちゃ、正常に起動しやしない」 「え? え? ちょ……は!?」 「君、どこから来たの?」 瞳を細めたコテツさんに襟首を掴まれた。待って、待って、僕魔物だと思われてる!? 「うちの村の子供達は全員我が子みたいもんでさ、シリウスを無事に返さないようなら、ただじゃおかないよ」 「な……コテツ様、止めてください! スバルは魔物なんかじゃない!!」 シロさんがコテツさんの腕から攫うようにして僕を抱き上げてくれる。僕はどうしていいか分からなくて、そんなシロさんに縋りついた。 「シロウ、君は騙されている。シリウスがそんな風になってしまった原因は確かにあったはずだよ、それは魔物絡みだったんじゃないのかな?」 「それは……」 シロさんが俄かに口籠った。僕自身は目が覚めたらこうなっていたんだけど、そう言えばシリウスさんは北の祠で魔物と戦っていて返り討ちにあったからこうなったんだったっけ? でも、だからと言って、僕が魔物って…… 「シロさん、僕、本当に魔物なんかじゃないから!」 「分かっている、スバル」 シロさんの僕を抱く手に力が籠った。けれど、そんなシロさんの腕の中から僕の身体はふわりと浮き上がる。 「……!?」 「魔物なのか、そうでないのか、その判断はこちらでするよ」 僕の体の回りにシャボン玉のような透明な膜が張られ、僕はその中に閉じ込められた。透明なその膜は脆そうに見えるのだけど、叩いても蹴ってもびくともしない。 「シロさん! シロさ~ん!!」 もうどうしていいか分からない僕はその透明な壁をぺちぺちと叩く、シロさんも僕の方へと手を伸ばしてくれるのだけど、そのシャボン玉はふわりと浮き上がり、シロさんからどんどん遠ざけられて、僕はへたりこんだ。 こんなのあんまりだ、人の話もがん無視で魔物呼ばわり酷すぎる…… 透明な膜の外の景色がぐにゃりと歪んだ、驚いている間もなく僕の視界からシロさんも、コテツさんも、あのお屋敷自体が掻き消えて、僕は小さな部屋の中へと移動していた。 「どこ、ここ?……うにゃっ!?」 急にシャボン玉の膜が割れて、僕はベッドの上に放り出された。ちょっと手荒じゃない!? ベッドの上から周りを見渡せば、小さな部屋には小さな窓がひとつだけ、出入り口すらありゃしない。その窓ですら鉄格子が嵌っていて、完全に閉じ込められた感じ。 ベッドから飛び降りて窓の外を見れば、窓の向こう側には砂漠が広がり、更にその向こう側には何かおどろおどろしく闇が続いていた。もしかして、あの砂漠の向こう側が、シロさんが言っていた『世界の果て』? 僕、一体どうなっちゃうの!?
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