僕とシロさんの帰郷

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閉じ込められた部屋の一室、気を取り直した僕はとりあえず部屋の中をぐるりと見渡した。 部屋の端にはベッドがひとつ、それ以外は何もない。本当に何もなさ過ぎて、完全にここ牢屋だな、と理解する。だけどさ、トイレのひとつもないのどうかと思う! 閉じ込めるにしたってそこ大事、人道的に垂れ流しとかあり得ない! なんて、考えていたらベッドの向こう側に浮き出るように扉がひとつすぅーと出てきた。 「!?」 けれど、扉は出てきただけでうんともすんとも言わないので、僕は思い切ってその扉を開けてみる事に。だけど、その開けた先、僕は「は……?」と、一言呟いて首を傾げてしまう。その扉の先には思いがけずトイレが鎮座していたのだ。 「これ、どういう事?」 僕はもう一度部屋の方へと戻る。部屋の中にはやはり何もない、せめて本の一冊でも置いておいてくれたらいいのに……と、考えたら、今度は別の壁からすうっと書棚が浮かび上がってきた。 「!?」 いやいや、これ何? 意味が分からない。混乱した僕が、お茶でも飲んで落ち着いて考えたい所だな……と考えたら、今度は小さなテーブルが浮かび上がり、その上には淹れたてのお茶が鎮座している。 何コレ? 至れり尽くせりなの? 予想外に快適? これ、飲んでも平気かな? 恐る恐るそのお茶に口をつけると、それはビットさんのお店で売っていたあの魔力回復の甘いお茶だった。僕、これ好きだ。 「もしかして、ここ、魔法の部屋かなにかなのかな?」 たぶん閉じ込められているのは間違いない、けれど、罪人を入れておくような感じの部屋でもないのかもしれない。コテツ様と呼ばれていた半獣人は魔法障壁を自分で張っているような事を言っていた。たぶんあの人は魔術を使える人なのだろう。 それにしても問答無用の魔物扱い酷い……僕、魔物なんかじゃないのに。 僕はなんとなく書棚に手を伸ばして本を一冊手に取ってみる。そういえばこの世界にやって来て、こういうモノを目にしたのは初めてだ。 「読めない……」 そこに並んだ文字の羅列は案の定というか、当たり前だけど日本語じゃなくて、僕はぱたんと本を閉じた。言葉は通じるんだけどなぁ……と、その事を不思議に思う。 「僕、どうすればいいんだろう……シロさん、迎えに来てくれるかなぁ」 なんだかだんだん悲しくなってきた。この部屋は意外に快適だけど、閉じ込められた事実は変わらない。ちゃんと手土産だって持ってきたのに、受け取ってすらくれないって本当に酷い。 「シロさぁ~ん」 「そんなにシロウが恋しいかい?」 ベッドの上でうな垂れながら呟いた言葉、そんな僕の呟きに声が返ってきて、僕はびくっ! と身を竦ませた。声の主は音もなく、目の前に立っていた。僕が恐る恐る顔を上げると、目の前に立っていたのは、恐らく僕をここへ送り込んだ張本人だ。 「コテツ様……?」 「ふむ、確かにその通り」 「僕! 魔物なんかじゃないです! 僕は! 僕は……」 一体何だろう? この世界では異物でしかない僕は本当に魔物じゃないと言い切れるのだろうか? 実際この身体はシリウスさんの物で、僕はこの世界に自分という存在を証明できる物が何もない。 「いい、いい、分かってる。事情は大体ビットから聞いているからね」 「……へ?」 コテツ様が、何故か僕に向かって綺麗な笑みを見せた。 え? え? どういう事!? だって、僕、魔物だって疑われたからこんな部屋に閉じ込められたんじゃなかったの!? 「ビットさん……って、ノースラッドの?」 「そうそう、魔道具屋のビット」 「お知り合いですか?」 「私は元々出身はノースラッドでね、ヨム老師は私の師でもあるのだよ。もう分かっているとは思うのだけど私は魔導師だからね、あのお店にはよく行くんだ。だから勿論ビットとも顔馴染み。同じ半獣人同士、仲良くさせてもらっているよ」 「え? えぇ? だったらなんで……?」 僕のこと知っていたなら、なんで僕こんな所に閉じ込められたの!? 「ごめんね、これ、うちの村の慣例なんだ。妻を娶る為に通らなきゃいけない試練なんだよ。シロウはまだ試練を受けていなかったからこんな形になったんだけど、なんの説明もなしに、ごめんね」 試練……そういえばさっき族長の息子さんのロウヤさんが試練がどうとか言ってた気がする! 『まだ試練も受けてないのに旦那気取りか』みたいな事、確かに言っていた! 「試練って……」 「うん、本来なら中央に行く前とお嫁さんを連れ帰った後、二回に渡って行われる行事だよ。正式にやるなら、中央に行く為に世界の果てからやって来る魔物を倒して、中央への切符を手に入れる。そして、連れ帰ったお嫁さんと引き剥がして二つ目の試練。シロウは中央に行く資格すら持ってないからね、そこはそれ、相手は君(半獣人)だし、免状も不足しているからここまでの道程が試練のひとつみたいなものだったんだ。で、今が二つ目」 「なんで二回も?」 「最初の一つ目は番相手を娶れるほどの力量が自分にあるかを判断する為、二つ目は番相手に己を知ってもらう為の試練、って感じかな」 そう言って、コテツ様は掌を上向きに、手の上に僕を閉じ込めたシャボン玉のような玉を作り出した。玉はキラキラと光って、まるで水晶のようだ。 「おいで、ほら、ここにシロウが映ってる」 「え……」 僕がその掌の玉を覗き込むと、確かにそこにはシロさんの姿が映し出されていた。眉間に皺を刻んで右往左往していて、混乱しているのがよく分かる。 「これは?」 「今のシロウの様子。ふふ、ずいぶん戸惑っているね。私達が今居るのは村より南側に位置する南の砦。見ての通り向こう側は世界の果てだよ、君をここに閉じ込めたから迎えにおいでっていうのが、シロウへの試練。果たしてここまで来れるかな?」 「これ、試練クリア出来なかったらどうなるんですか……?」 「別にどうにもならないよ。この遠見の水晶置いておくから、後の判断は君次第」 「……へ?」 「言っただろう? この第二の試練は番相手に己を知ってもらう為の試練なんだよ、お嫁さんが窮地に立たされた時、相手がどういう行動に出るかお嫁さんに観察してもらおうってそういう趣旨さ。こういう時こそ己の本性っていうのは出るものでね、魔物をものともせずにすぐにでも駆けつけてくる者、策を練ってから慎重に行動する者、中には諦めてしまう者だっている。それはそういう立場に立った時、実際に相手が取る行動だよ。基本的にお嫁さんは中央から来るか、街から来るか、うちの集落で半獣人が生まれる事もまずないし、皆大体余所から嫁いで来る訳だろう? そんな中で頼れる相手は旦那さんしかいないのに、そんな旦那さんがはずれだったら嫌じゃない? だから、ここで最終試練って訳さ。判断はお嫁さんが下せばいい、嫌だと思ったら帰ればいいんだよ」 「これって、そういう試練なんですか……」 コテツ様は綺麗に微笑む。 「そう、シロウは他の者より少し劣っている、それは君も知っている通り、もしかしたらここまで辿り着けないかもしれない、諦めるのか? それとも果敢に挑むのか? 君が納得すればそこで試練は終わり。これでいて私も含め監視は付いているから怪我をする事はあっても、死ぬ事はない。必ず助けが入るから。でも、早々に答えを出すより、少しだけこうやって番相手を観察するのも乙なものだよ、自分の為に相手が一生懸命になってくれている姿って格好いいよね」 そう言って、コテツ様はその水晶を、瞳を細めて愛しげに撫でやった。 「コテツ様もそうやって嫁いで来たんですか?」 「そうだよ、私の番相手は族長のラウロ。ただね、私の場合、ラウロは二回目の結婚でね、もうこの試練の趣旨やらなにやら全部知っているものだからつまらなかったなぁ……彼は強いからね、あっという間に助けに来て、観察する暇もなかったよ」 「あ、そういうのもあるんですね……」 「まぁね。それでも、目の前は世界の果てだし、命がけで助けに来るのは間違いない。あの時のラウロは本当に凄く格好良かったよ」 幸せそうに微笑むコテツ様、そうやって相手の力量を測るのか……だったら僕は、諦めずにシロさんがここまで来てくれるって信じたいな。なんてったって尻尾にかけて愛してくれるって誓った訳だし、それくらいの事してくれたっていいと思う。 そんな事を考えていたら、コテツ様が「あと、もうひとつ」と瞳を細めてにこりと笑った。 「やっぱり命を危険に晒されると種の防衛本能が働くのか、この試練が終わった直後のアレって本当に激しいよぉ、んふふ。ほとんどのお嫁さんが、それで最初の子を授かっちゃうって言われているくらい高確率で出来ちゃうから覚悟しておいてね」 アレ……って、子供……って……意味を察した僕の顔にぼっと血が上った。 「私もその時、ロウヤを授かったんだ、今うちの集落では一番年少。だから、楽しみにしているんだよ。子供が産まれないと、うちの集落滅んじゃうからね、頑張って!」 「そんな……コテツ様だってまだ……」 「魔術を使う者の年齢を見た目通りだと思ったら大きな間違い、私はもう歳でね、ロウヤの兄弟は産んでやれない。その点、君はまだ年齢二桁だものね、余裕余裕、10人でも20人でも産んでいいよ」 いや、それはさすがにどうなの…… 「この部屋、もう気付いていると思うけど、君の好きなように仕様は変わる。好きにカスタマイズして構わないから、シロウが来るまでのんびりしておいで」 「僕だけそんなにのんびりしていていいんでしょうか……」 「いいの、いいの、ここはそういう町だからね。お嫁にきたなら愛される事だけが仕事だと思っていれば間違いない」 「でも、コテツ様は集落に魔法障壁を張っているって……」 「出来る者がいなくなっちゃったからね。本当は、私は魔導師としてこの集落に雇われて来ただけだったんだよ、なのに思いがけずラウロに見初められてこんな事に、はは、人生どう転ぶか分からないよねぇ」 そう言ってコテツ様は部屋の真ん中に机を出して、その机の上に遠見の水晶を置いた。そして、ぐるりと周りを見渡すと、部屋は一回り大きくなって、殺風景だった室内に壁紙が貼られ、少し普通の部屋らしくなる。 コテツ様は机の前にふかふかのソファーを2脚、片方に自分が座り、もう片方にかけるように僕を促す。 ちなみに机の上には改めてお茶が準備され、茶菓子まで用意された。なんかもう、窓枠の鉄格子を除けば完全に何処かのホテルみたいだよ。 「私はね、本来シリウス寄りの考えの半獣人だったんだよ」 コテツ様は優雅にティーカップを口に運びながらそう言った。 「自分の力だけで生きていきたい、獣人に庇護されて生み育てる為だけに生きるなんて真っ平だ! って……だけど、愛されるのは存外幸せな事でね、こんな事ならもっと早くにラウロと出会って、もっと子供を産んであげたかったって今ではそう思っているよ。シロウの父親が連れて来たシリウスは、昔の私によく似ていた、好きにさせてあげたいとも思ったけれど、愛される幸せも知って欲しくて秘かに見守ってきたんだよ」 「だったらやっぱり僕の存在は、あまりよく思えないですよね……」 「いやいや、そんな事はないよ。シリウスが君に代わって、戸惑っていない訳じゃないないけれど、うちの町の子達は皆我が子みたいなものだって言うのは嘘じゃない。私とシロウの母親は同時期にここに嫁いできたから仲が良くてね、家族ぐるみの付き合いだったんだ。そんなシロウが選んだ君の事を悪い風には受け取れないよ。君の事はビットからも聞いているし、噂通りに凄く可愛いと思っているよ」 先程までの頭ごなしの魔物扱いがまだ尾を引いている僕は、本当かな? と、少し疑いの目でコテツ様を見てしまう。話している感じは悪い人じゃなさそうだけどね。 「シロさんは、この町では僕達が番になった事をよく思わない方達もいるかもしれないって言っていましたけど、コテツ様はそうは思わない?」 「シロウがそんな事を……?」 「自分は半端な出来損ないだから、番を持つ事にいい顔をされないって、シロさんそう言っていたんです」 「そっか……なんだか申し訳ないな。たぶんシロウがそんな風に卑屈に育ってしまったのは私達のせいでもあるだろうからね」 「? そうなんですか?」 コテツ様は、少し瞳を伏せて頷いた。 「さっきも言ったけど、私とシロウの母親はほぼ同時期にここへ嫁いできたんだよ。だから、シロウとロウヤもほぼ同い年、一歳しか歳が変わらないんだ。それでもロウヤは年下だからシロウの弟分になるのだけど、同じように育っていくシロウとロウヤを比べたがる者は多くてね、何かとロウヤとシロウは競わされる事が多かった。シロウは色が白いし、少し体も小振りだろう? やっぱりロウヤの方が圧倒的に有利な事が多くてね、シロウを馬鹿にする輩はどうしてもいなくならなかった」 コテツ様は大きな溜息を零す。 「うちの子、親馬鹿かもしれないけど結構優秀だし、族長であるラウロの息子だろ? 太鼓もちみたいな者はロウヤを持ち上げてシロウを下げる事を平気でするからね。シロウの父親ジロウも存外優秀で、それと比べられる事も多かったシロウが卑屈になるのは分からないでもないんだよ。君と番になる事で少しはそれも改善されたかと思ったんだけど……」 なるほど、シロさんのどこか自分に自信が無さそうな頼りない感じは、こういう環境で育ったせいでもあったのか。確かに自分の唯一の弟分より劣っているって、あんまり気分よくないよね。 ついでに、婚約者であるシリウスさんもシロさんを嫌っていたみたいだし、父親は仕事で不在、母親はもう他界していて兄弟もいないとなったら、シロさんの味方はいないも同然だ。 普通にしていても、闘っていても、シロさんは凄く格好いいと思っていた僕は、そんな彼が何故あんなに自信なさげな態度を取るのか、それに納得してしまった。 「僕、今、すごくシロさんを抱きしめたいです」 「だったらもう『試練』はここまでにしておく?」 「いいえ、シロさんはやれば出来ます。きっと必ず僕を助けにここまで来てくれるはず。だから僕はここでシロさんを待ってます」 「そう……ありがとう、シロウをそこまで信じてくれて。きっとシロウには君みたいなタイプのお嫁さんでちょうど良かったんだと私は思う。君がこの世界に来て、シリウスと入れ替わったのも天の采配だったのかもしれないね」 そう言って、コテツ様は綺麗に微笑んだ。 シロさん、この町はシロさんが思う程、僕達を歓迎していない訳じゃなかったよ。だから、シロさん、早く僕を迎えに来てね。
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