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シロさんの試練
僕は族長様の家でのコテツ様との一連のやりとりが、全てシロさんと僕の結婚を認める上での試練なのだと聞かされてほっと胸を撫で下ろしていた。
僕のこと頭ごなしに魔物だと決め付けられて、なんて理不尽な町だとさっきまで思っていたんだけど、そんな事は全然なかった。シロさんはとても大変そうだけど、僕はここでシロさんを待っているだけでいいと言うのだから、この際だからもっとこの世界や町の事を聞いておこう、と僕はコテツ様にノースラッドから持ってきた土産を手渡した。
「わ! ありがとう、これ私の好物だよ」
「本当ですか? 良かったです」
お土産はノースラッドでも有名なお店のお菓子。僕自身は勿論そのお店を知らなかったんだけど、シロさんと赴いたお店で試食させてもらったその焼き菓子はとても美味しかったので、これに決めたのだ。気に入ってもらえたのなら幸いだ。
「あの、コテツ様、僕、まだこの世界に来たばかりで分からない事ばかりなんですけど、シロさんがここに来るまでの間、色々とお話聞かせてもらってもいいですか?」
「いいよ、何かシロウには聞けない話?」
「そういう訳ではないんですけど、シロさんは完全な獣人で半獣人の知り合いはビットさんしかいないし、僕の世界にはこっちで言う所の『人』しかいない世界なので、分からない事は多いです」
「君の元居た世界には私達のような者はいなかったの? 人だけ?」
「はい、そうなんです。コテツ様は人に会った事がありますか?」
シロさんは『人』は中央に住んで守られていると言っていた。そして、人はこの世界では産み育てる存在なのだと聞いている。その『人』という存在が、僕の知る人と同じなのか違うのか、それが僕には分からないのだ。
シロさんは唯一『人』に会ったのは自分の母親だけだと言った。『人』は中央からほとんど出てこないし、出てきたとしても番相手の家からほとんど出る事もないのだとシロさんはそう言うのだ。だとしたら僕が『人』に会える機会なんてほぼ無いに等しい。
僕は不思議で仕方がないのだ、嫁になるか? と言われて受け入れたけれど、僕の身体は僕の世界の感覚で見たら完全な男性体だ。ビットさんもたぶんそう。そして目の前のコテツ様も見た限りでは男性にしか見えない。
ビットさんは魔術師さんの番相手だけど、体の関係はないような事を言っていた。だから、半獣人だから問答無用で嫁側になるだけで、やはり半獣人にも男女の性差はあるのか? と思ったりもしていたのだ。けれど、目の前のコテツ様はやはり男性にしか見えないのに、シロさんの幼馴染のロウヤさんを産んだと言う。
謎過ぎる、この世界の生殖ってどうなってるんだ? と、僕は思わずにはいられない。コテツ様も僕にいくらでも子供を産んでいいと言うし、確かに僕の身体はシロさんを容易く受け入れたのだから、僕の世界の僕の身体とは根本的に造りが違うと思わざるを得ず、僕はそれが不思議で仕方がないのだ。
「私は中央に暮らしていた事があるから人とも会った事はあるけれど、何が知りたいの?」
「根本的にこの世界の子作りの方法が分かりません」
「君達、もうやる事やっているだろう? 君からはシロウの匂いがするし」
「それはそうなんですけど……」
あぁ、どう説明していいのか難しい!
「僕の住んでいた世界には『男』と『女』って二種類の人がいるんです。子どもを生むのは女の人で、男の人は子種を仕込むだけ。この世界では人か、もしくは半獣人が子供を生むんですよね? だとしたら、獣人が『男』、人と半獣人が『女』と考えればいいのかな? と思ったんですけど、人は人同士でも子供が作れるって言うし、そこら辺よく分からなくて……」
「男と女……? それは具体的に何が違うの?」
「えっと、身体の造りですかね? 僕の世界の男の人はたぶん僕やコテツ様と同じ感じです。女の人は男と違って胸が出ていたり、えっと、下半身のこれも付いていないですよ」
「え? 待って、それではどうやって排尿するの?」
「引っ込んではいますけど、同じような排泄器官は付いてます。男性ほど発達していないって感じですかね」
「それは不思議な身体の造りだねぇ」
コテツ様は心底不思議だと言わんばかりの口ぶりで、やはりこの世界、身体的には男性体しかいないのか……? と、首を傾げた。
「あと、僕達はお尻の穴で性交をすると思うのですけど、女の人には別に穴が開いていて……」
「え!? 何処に!? 君の世界の『女の人』って穴だらけなの!?」
更にコテツ様はびっくり顔だ。穴だらけって、さすがにそれはないよ。僕が頭の中にイメージを浮かべると、机の上には紙とペンが用意され、僕はそれに図を描いてコテツ様に男女の性差について説明した。
「僕の世界では女の人のお腹の中、子宮って言うんですけど、ここで子供を育てるんですよ。大体お腹の中で10ヶ月程度……」
「10ヶ月!?」
ふんふんと聞いていたコテツ様がまた驚いたような表情を見せる。僕はコテツ様が何に驚いたのかも分からない。
「この世界では違うんですか?」
「お腹の中に子供が宿るのは同じだけど10ヶ月なんて長すぎだよ、そんなにお腹の中で育てていたら私達のお腹が破裂してしまう。妊娠期間は大体3ヵ月程度だよ」
「3ヵ月!?」
今度は僕が驚く番だ。3ヵ月なんて未熟児もいい所じゃないか! そんな状態でちゃんと育つのか、そっちの方が心配だよ!
「生まれる子供のサイズは大体このくらい」
そう言ってコテツ様は掌を差し出した。このくらいって、掌サイズって事? 怖っ! 本当にそんなんでちゃんと育つの!?
「で、10ヶ月後にはこのくらいのサイズ」
コテツ様が示したのは置いてあったクッションサイズで、生まれたての赤ん坊を思えばちょっと大きいかな? ってサイズ。
次に「3歳でこのくらい」と言って、コテツ様が示したのは腰丈で僕は「え……?」と言葉を無くした。3歳でそのサイズって、だってそれ小学生サイズだよ!?
「父親の獣種にもよるけど大型種だったら5歳くらいでだいたい身長抜かれると思うよ」
「は?! それ絶対嘘ですよね!?」
ちょっと待って、それって成長早すぎない!? 小さく産んで大きく育ってるって出産の標語みたいなもんだけど、さすがにそれは大丈夫なの!?
「嘘じゃないよ、失礼だね。でも、シロウは少し小さいからどうかなぁ……? ジロウさんは普通サイズだから、やっぱりそんな感じだと思うけど」
「本当なんだとしたら、そんな大きな子供、どうやって扱っていいか分からないです、コテツ様……」
「躾は父親の仕事だから大丈夫だよ、私達母親は存分に甘やかして可愛がっていればそれで大丈夫、子供なんてどんどん勝手に育つからね」
えぇ……本当にそんなんで大丈夫なのかな? とても不安になるのは僕が異世界の人間だから? この世界はそうやって成り立っているんだから、きっと大丈夫なんだとは思うけど、すごく不安だよ。
「ただ生まれた子供が半獣人だった場合は、またちょっと大変だと思うけどね」
「え? そうなんですか?」
「獣人の子はそれこそ勝手に育っていくけど、半獣人の子は半分『人』だから、とても弱いんだよ。『人』は中央で守られて、大事に育てられるから弱くてもなんとかなるけど、半獣人の子は『人』でも『獣人』でもないから、保護もないし、勝手に育たないし、育てるのが大変だったって、両親には散々愚痴られたものさ。シリウスは捨て子だって聞いているけど、半獣人の子育ては大変だ、そうやって親に捨てられる事も全くない話じゃない」
そうなんだ、意外……子供を生める半獣人は大事にされているのだと思っていたけど、育てるのはすごく大変なんだ?
「なにせ半獣人の子は獣人の子と一緒に育つ事が多いから、子供同士の喧嘩やちょっかいでも、ちょっとした力加減ですぐに死ぬからね。同じ月齢でも獣人の子と半獣人の子じゃ育ち方が全然違うんだ、子育てに慣れていないのに半獣人を生んだ『人』の半数は子育てに失敗するって言われているくらいだよ。うちは幸い母が半獣人で、しかも上に獣人の兄弟もいたから、王子様みたいに守られて、なんとか穏便に成人できたけど、半獣人は生きていくのも、なかなか大変なんだよ」
「そんな感じだったからシリウスさんは捨てられたんですか?」
「無くはない話だね。貧しい家で半獣人を育てていくのは本当に大変だよ。だったら裕福な家に拾われて、大事に育ててもらえたら……って、そう思う親御さんもいるんじゃないのかな? シロウも突然シリウスを押し付けられて最初の頃は右往左往していたよ、だけど元来シロウは気の優しい性格だからね、子育てには向いていたんだろうね。ここだけの話シロウは獣人だからあり得ないんだけど、本気でシロウを嫁に欲しいと思っている者も、この町にはいるんだよ」
……ふぁ!? え? ちょ……嫁!? シロさんを!? え? でも、それっておかしくない!?
「びっくり顔だね、あはは。でも、考えてごらん、シロウは皆より一回り小さいし、綺麗な毛並みをしているだろう? 力は劣るが努力家で健気な性格のシロウがもてない訳がないんだよ、シロウ的にはいい迷惑だろうけどね」
「ええっと……そういうのもアリなんですか……?」
「生き物としては間違っているけど、『生涯の伴侶として選ぶ』という意味ではなくはない選択だよ。なにせこの世界、獣人の半数は番を持てない仕組みだからね。それでも生涯を1人で生きていくのは寂しいよ、獣人の寿命はそれでなくても長いんだ、子を作る事だけが家族じゃない、一緒に闘う相棒と生活を共にする場合もあれば、出来ない事を補い合うように暮らす者達だっている。身近な所で言えば、ビットの所だってそうだろう?」
あぁ、確かに言われてみたらその通りだよ……
えっと、僕の世界で言う所の同性婚みたいな感じ? そういうのも全然アリなんだ……ビックリ。
「実はシロさんって、もててたりするんですか……?」
「ふふ、気になるかい? でも、ここだけの話、私は何人か知っているよ。シロウを特別視して、狩りの仲間に入れようとしないのは、シロウを馬鹿にしている者ばかりじゃない、あれはシロウを守ろうとしているのさ。シロウはそれをイジメのように受け取っているだろうけど、何のことはない、皆シロウが可愛いだけ。守ってやらなきゃ、ってそう思うんだろうね。狼はそういう所、情に厚いから」
「僕、頑張らないと、シロさんを誰かに盗られちゃったりする可能性はありますか?」
「あはは、どうだろう? シロウにはシロウのプライドがあるからね、自分が嫁の側なんて真っ平ごめんだ、と言うんじゃないかな?」
心底可笑しいという表情で、コテツ様はけらけらと笑う。他人事だからって酷い。そんな風にシロさんを巡ってライバルが多いだなんて、想定外だよ! 僕、どうすればいいのさ!
「ふふ、可笑しい。だけど大丈夫だよ。だって、シロウには君しか見えていないようだからね。ほら、見て……どうやら準備が出来たみたいだよ」
コテツ様が水晶球に瞳を向けた。話し込んでいて、すっかり見るのを忘れていたよ。けれど、そこに映し出されたシロさんは装備を整え、手には武具(あれは鉄の爪かな?)まで付けていて、いつも以上に勇ましく、きりりとした表情は3割増しで男前に見える。
「あぁ! シロさん、格好いいっっ!!」
「本当に見違えるようだね。この町をシリウスに付いて出て行った時のシロウは、まだどこか自信の無さが目立っていたけど、ずいぶん成長したみたいだね。これはシリウスのお陰なのか、それともスバル君との出会いがシロウを変えたのか、ふふ、どちらにしても、この先の戦いは見物だね」
コテツ様の言葉と同時にシロさんの前を遮っていた大きな門が少しずつ開いていく。開けた視界の先、遥か向こうには世界の果て、シロさんがその門の外へと足を踏み出した。
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