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僕は食い入るように水晶球を見つめている。その水晶の中では現在シロさんが、僕を助ける為に魔物と戦闘中……なのだが、どうも少し様子がおかしい。
「あの、コテツ様、シロさんと一緒にいる人達、誰ですか?」
「ん? あぁ、うちの若衆だね。うちの息子は分かると思うけど、こっちがうちの使用人のウル、これがグレイで、こっちはバジルだね」
ロウヤさんにウルさん、グレイさん、バジルさん……うん、誰が誰だかさっぱり分からん!
シロさんは色が白いからはっきり分かる、だけど、その他の人達は一応毛色も体格も違うからよくよく見れば分かるんだろうけど、誰が誰だか本当に分からない。
これあれだ、アジア系の顔は区別できても西洋系の顔は判別しにくいっていうアレだろう。要は見慣れているか見慣れていないかなんだろうけど、これは判別難しい……だってぱっと見は全員等しく狼なんだもん!
ここの獣人の人達、着いた早々から気付いていたけど、あんまり服も着込んだりしないみたいで、身に付けているものも似たり寄ったりだし、ホントに全く区別が付かない。
「それにしてもシロさん、補佐ばっかりであんまり闘ってないみたい……」
狼達が入り乱れて戦っている中、一番目に付くシロさんは、どうも戦闘をしているという感じではなく、どちらかと言うと回復やサポートの方に回っていて、どうにもぱっとしないのだ。
「闘い方はそれぞれだよ、シロウは元々そういうタイプだからね。でも、ふふふ、君に言っていいものか迷う所だけど、全体をよく見てごらん、シロウを中心に隊が出来てる。皆がシロウを守ろうと闘っているのさ、これがある意味戦う上で一番効率のいい陣形だったってことだろうね」
確かによくよく見ればその通り、シロさんが前に出ようとすると、さりげなくその前に誰かが出てきて、シロさんはサポートに回らざるを得ないのだ。
「あの中で一番回復魔法が得意なのはシロウだしね、妥当な所だろう」
そういえばシリウスさんもどちらかと言えば攻撃型だよね、剣士だし。そんなシロさんに守られているだけの僕の方が不甲斐ないって、もしかしてそういう話だったり?
「そういえば、スバル君は魔術師の免状を貰ったんだってね?」
「え? あ、そうですね」
ふいに問われて頷いた。
「ヨム老師の所で魔術を習うの?」
「えっと、特に決めてはいないですけど、やっぱり習った方がいいですかね? 僕の魔力すごく少ないみたいで、あんまり魔術使えないんですけど……」
「え? そんなはずないだろう? 私は君が凄い魔術を使うから魔術師の免状を与えられたと聞いているよ?」
「そんなに凄くないですよ! ちょっと魔術を使っただけですぐに倒れちゃうし、本当に役に立たないんです」
僕の言葉に嘘はない。ビットさんに貰った腕輪のお陰で変に火柱を上げたりする事もなくなったけど、僕の魔力は全く回復しなくて、少し調子に乗っただけで、ここに来るまでにも動けなくなったりしていた訳で、今は習うより魔術は使うなって感じなんだよね……
「へぇ、そうなんだ、少しやって見せてよ」
「え? 今ですか?」
先程飲んだお茶のお陰で、魔力は幾分か回復しているけれど油断したらまた魔力切れでへばる可能性のある僕は躊躇する。
「うん、そうだな……そこにランプがあるだろう? あれに火を灯してごらん」
壁に据え付けられたランプ、うっかりすると壁を焦がしちゃいそうだけど大丈夫かな? でもコテツ様は魔導師だって言うし、何かあったらきっとコテツ様が何とかしてくれるよね?
僕はランプに集中して、火の精霊に呼びかける。実はここに来るまでに僕は気付いた事があるんだよ。こうやって料理や何かに使う火を起こすのは慎重にしなきゃ駄目だけど、魔物を倒す攻撃は加減しなくていいから楽なんだよね。僕って意外と攻撃的?
しばらくすると、壁に据え付けられたランプに無事に火が点る、僕はほっと息を吐いた。
「ふぅん、なるほどね~」
コテツ様は何やら頷いて僕の顔を見やる。
「君、意外と不器用だね?」
「え……そんな事はないと思うんですけど……」
確かに僕は器用な方ではない、けれど幼い頃からやっていた料理や家事はなんとか人並みにこなせているのだから器用な部類に入ると思うんだ。ただ工作とかは苦手だからあながち間違ってはいないけれど……
「これって大体何にでも通じる事なんだけど、こういうのって技術なんだよねぇ」
「技術?」
「そう、技と術。『技』って言うのが基本的なやり方、『術』は決まった型や方法の事、君はそれがまるでなってない、言わば魔力を使っているだけで、魔術になってない。君の魔力はむしろ人一倍多いからそれで何とかなっちゃってるんだけど、無駄が多すぎるんだよ。だからすぐに魔力切れになってしまうのだろうね」
技と術、そういえば剣を扱えないと言った時に魔術師のおじいさんにも『たとえ剣を持ち上げられたとしても技と術は別物だ』って言われたんだった。それは魔法も同じって事? その技術を体得しないと、いつまで経ってもこのままって事なのかな?
「だったらコテツ様、僕はどうすればいいですか?」
「技の部分は、本来なら誰かに教えられなくても生活する上で身に付けてしまうものだけど、君の元々居た世界には魔術は存在しないんだっけ?」
「はい、こういう力はこっちに来てから初めて使ったので……」
「だったら、技は後回し、きっちりした型を習得する所からだね。とは言え、その型にも自分のやりやすいやり方っていうのがあるんだけど、例えば私だったら、こう」
そう言ってコテツ様は指をパチンとひとつ鳴らす。すると、ランプはふいっと消えて、もう一度パチンと鳴らすと今度はすぐにランプが灯った。
「これが、型?」
「そう、私はこのくらいの魔術だったらこうすれば発動するって決めている、だから最低限の魔力でそれは発動するって訳」
「だったら僕もそれをやればいいんでしょうか?」
「型的にはそうだね、だけどこうしたらこの程度の魔力って言うのを体に叩き込むのは倣い癖だから、繰り返しの練習が必要かな。君は毎回毎回何をやるにしても膨大な魔力を注ぎ込んで魔術を使おうとするんだろうね、だから魔力が足りなくなるんだよ」
だったら、僕は小さな魔術を使うたびに無駄に膨大な魔力まで消費してるって事? そんなの目に見えないしよく分からないよ。
「ちょっと練習してみようか?」
「え? 練習?」
「シロウも頑張ってる事だし、少しだけお手伝い」
そう言って、コテツ様は水晶球を覗き込む。そこに映し出されたのは大小様々な魔物たち。
「大きい魔物は彼等に任せて、私達は小さいのだよ。私がさっきみたいに指を鳴らしたらこの小さい魔物は破裂する、見てて」
そう言って、またしてもコテツ様は指をパチンと鳴らす。すると、そこに映し出された小さな魔物が弾かれたように破裂して、粉のようになって霧散した。
「今のイメージを頭に叩き込んで、同じようにやってごらん。そうだな、こっちの魔物がいいかな」
コテツ様が指差す先、小さな魔物がころころと転がっている。でもね、ちょっと問題が……
「あの、コテツ様、実は僕、指ぱっちん出来ないんですよ……」
「え? 出来ないの? ぶふっ、可愛い」
コテツ様がけらけらと笑い出す。そんなに笑う事ないじゃないか! だってできなくたって今まで生活に支障なんてなかったし!
「あはは、でも大丈夫、これはあくまで型だって言っただろう? 君は君のやりやすいやり方で術を発動すればいい、例えば手を打つだっていいんだよ」
「手を打つ……」
「そう、こうかな?」
コテツ様が拍手をするようにひとつ手を打ち鳴らす、するとやはり水晶球の中の小さな魔物が吹っ飛んだ。
「これは私の型ではないから加減が難しいけどこんな感じ」
そうか、自分で型は決めればいい訳で、その動作と術とが直結していれば問題ないわけだね。僕は水晶球の中を覗き込み、コテツ様のやったイメージで拍手を打つ。すると、魔物はころりと転がって、何が起こったのか? という感じで首を傾げた。
「少しイメージが弱かったみたいだね、もう一度」
促されるままにもう一度拍手を打つと、今度は強すぎたのか魔物は四方に弾け飛び、結構見るも無残な有様になって、僕は思わず目を逸らした。さっきコテツ様が破裂させた時は肉塊が飛び散る感じじゃなくて、粉になって消えるみたいな感じだったのに、これはちょっとグロすぎる……これも力加減? それともイメージの問題なのかな?
「スバル君、あれじゃ駄目だ」
水晶球の中を覗き込むコテツ様、そこには転がった肉塊が映し出されていたのだが、その肉塊からずるりと手足が伸びて、またしても一回り小さな魔物になった。粉々になった肉塊はそれぞれそんな感じで復活してまたころころと転がり出す。
嘘だろ? どういう生態してんだよ……
「魔物はチリに返すイメージだよ、もう一度」
チリ……くぅ、難しいなぁ。僕はもう一度拍手を打つ、すると水晶球の中、今度は大きな爆発が起こる。
「スバル君……? よく分からないからって、纏めて吹っ飛ばそうとしたら駄目だよ?」
あぁぁ、やらかした……
「ほらごらん、シロウ達にもバレちゃった」
怪訝そうな表情のシロさん。ちょっとお手伝いのつもりが、変に警戒させちゃったみたいで申し訳ない。しかも、その爆発音で、またしても魔物が寄って来る。
「まぁ、何はともあれ練習あるのみ。たくさん寄って来たから練習にはちょうどいいね」
「でも、あんまり魔術使うと、僕、倒れちゃうんで……」
「そこは私がサポートするから気兼ねなくやってもらって構わないよ」
にっこり笑顔のコテツ様。有無を言わさず水晶球を指差した。
あう……コテツ様、意外とスパルタ! 僕は水晶球を覗き込み、意識を集中する。ゲームの無限討伐みたいに魔物はわらわら湧いて出てキリがないんだけど、これ本当に大丈夫?
疲れが見え始めているシロさん達の動きが少し鈍って見える。
「ほら、スバル君、気が散ってるよ」
コテツ様に指摘されて、僕は魔物に集中する。とりあえず、今は目の前の敵を片付けなきゃね! それにしても、敵の動きに合わせて手を打つって意外と難しい、動きのゆっくりな魔物ならいいけど、小さい魔物は動きも機敏だ。
「あ、そういえば型って自分の好きに決めていいんですよね?」
「うん、やりやすい方法があるなら、それでいいと思うよ」
火を点けるとかなら、この拍手でいいけど、それならきっとこの方が楽な気がする。僕は指を一度全部握って、人差し指だけを魔物に向ける。
「BAN!」
声と共に魔物が霧散した。あ、これはなかなかいい感じ。ピストルを相手に向けて撃つような要領で、僕は魔物を次々と撃っていく。シューティングゲームみたいでこれはなかなか楽しいぞ。
「スバル君のそれは一体何?」
上がってもいない煙を吹くように、僕は指先をふっと吹く。
「ピストルって知りませんか?」
「ぴすとる? なに?」
「この世界には銃ってないのかな?」
「じゅう? それは魔道具?」
コテツ様がきょとんと首を傾げた。そうか、魔術が発達しているこの世界では銃器はあんまり発達していないのかも。遠隔攻撃は魔法があれば充分だもんね。
「僕の世界にある武器なんですけど、小さな鉛の玉を筒に入れて、相手目がけて撃つんです。その要領でやってみたら意外と上手くいきました」
「へぇ、君の世界ってやっぱり変わっているね」
コテツ様は感心した様子で僕の指先を眺めた。それを尻目にコツを掴んだ僕が狙いを定めて魔物を撃ち落としていくと、魔物は面白いように次々と霧散していった。
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