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「今のは何だ? 新手の魔物の攻撃か?」
襲い来る魔物の向こう側、何故か魔物が爆発音と共に吹き飛んだ。攻撃魔法はウルの得意とする所だが、ウルは全く見当違いの方向を向いていて、それが何だか分からなかった自分はつい怪訝な表情をしてしまう。
「シロウ、今のはお前か?」
「いや、私は攻撃魔法は使えない。ウルじゃないのか?」
「今のは私じゃありません」
ウルが即座に否定する。だったら今の爆発は一体なんだ? そんな事を思っている間にも魔物は次から次へと寄ってきて、深く考えている暇もない。
「とりあえず、こっちに被害がないなら良し」
グレイの言葉に皆が頷く、まぁ、その言葉は間違ってはいないのだけれど、分からない事を分からないままに放置するのはどうかと思う。
しばらくすると、今度はやはり目立った攻撃ではないのだが、次々に小さな魔物が目の前で霧散し始めて私達は首を傾げた。
「これ、なに?」
怪訝な様子のバジルに「よく分からないが、雑魚は放っておけって事じゃないか?」とグレイは大物に狙いを絞る。何者かが戦闘に参加している、だがそれは一体誰だ? しかも何の目的で? 疑問ばかりが頭を巡る、けれど小さな雑魚が問答無用で片付いていくのはとてもありがたい。
大きな魔物は切り分けると分裂する、なので倒すには急所を狙う必要がある。ついでに言うのなら魔物肉は食べられるのだが、食べられる部分は非常に少ない。だから個人で食べる分には食料にもなるが小さな魔物は食材としてあまり役に立たない。基本は大物を倒し分裂する為の機能を破壊して肉を削ぎ落とす。今回は食料を獲る為の狩りではないので、基本倒した魔物は放置だが、大物を倒せばその肉に小さな魔物は寄って行き、その肉を喰らう。同族だろうがなんだろうが、魔物はそんな事は関係なく、そこに食料があるから喰らうのだ。それはとても魔物らしい行動なのだが、見るたび嫌な気持ちになる。
「シロウ、見えてきたぞ」
ロウヤの指差す先、南の砦が見えてきた。あそこでスバルは私の迎えを待っている。はやる気持ちを抑えて前を向く、前方からは一段と大きな魔物がずるりずるりとこちらへ向かってやって来るのが見えた。
「これはまた一段と大きいな」
口笛を吹くようにしてバジルが笑い、また先頭をきって駆けて行く。先鋒はバジル、二番手はグレイ、後方からウルが援護して、ロウヤはそんな彼等の取りこぼしをフォローする。
ある意味もうそれだけでこの形は出来上がっていて、私の出来る事などほぼないと言ってもいい。私のできる事と言ったら、何も考えずに突っ込んでいくバジルに防御魔法をかけたり、暴れ出した魔物に攻撃される事の多いグレイの傷を回復したり、少し足の遅いウルに補助魔法をかけたりと、そんな地味なサポートくらいしかできなくて、これでいいのか? と少々悲しくなる。
せっかく父の部屋から拝借してきた武具の爪がほとんど何の役にも立っていない。
とはいえ、元々自分は前に出て積極的に戦闘に参加するタイプではないし、攻撃力がそれほどでもないのも悲しいかな理解している。
「あっれぇ……? こいつ、予想外に硬いぞ?」
先鋒きって攻撃を仕掛けたバジルが、弾かれるようにころりと転がった。バジルの攻撃は俊敏だが少しばかり軽い。急所を狙い仕留める闘い方なのだが、敵が硬いと彼の武器では歯が立たない事もあって、舌打ちを打つように彼は下がった。
「だったら、ここは俺の出番だな」
そう言って前に出たのはグレイ。彼はシリウスと同じに剣を扱う、重量級のその大剣は魔物の肉を綺麗に削ぎ落とす。だが、それだけでは魔物は分裂するだけで倒すには至らない。
「おい! こいつの急所は何処だ?」
「んん……ちょっと待って、えっと……あぁ、面倒くさいな、こいつの急所、後ろ側、頭の上だ」
グレイの問いに、動体視力の優れているバジルが即座に答えを返すのだが、どうやらその大物の急所はその魔物の背中側にあるようで、グレイも「それは面倒だな」と、苦笑した。
本来ならば身軽なバジルが隙を突いて攻撃する形になるのだが、どうやら目の前の魔物は鱗が硬く、バジルの武器では歯が立たない。グレイの剣ならばその硬鱗を貫けるだろうが、その急所は敵の背面上部で、そこまで身の軽くないグレイではそこに辿り着くのも一苦労だ。というか、そもそもグレイが扱うのは両手剣、魔物を登っていくのは難しい。
「だったら次は、私の出番ですね」
次に前に出てきたのはウル、狙いを定めるようにして魔物の急所目がけて魔法攻撃を仕掛けるのだが、その攻撃は弾かれたようにこちらへと戻ってきた。
「うおっ、あっぶね……ウルぅ!!」
「っと……こいつは厄介ですね、魔法防御がかかっている。下手に攻撃したらこちらが危ない」
ウルが悔しそうに、後方に下がり「だったらいよいよもってオレの出番だな!」と、前に出てきたロウヤの前に腕を上げ、私はそれを止める。
「私が行く」
「は? シロウ、無茶言うな! お前今まであんな大物相手にしたことあるのかよ!」
「ない、だが、これは私が受けなければならない試練なのだと思う。お前達に、守られてスバルを取り戻しても意味がない。私ならヤツの体を登る事ができる、この爪と拳があればあの硬い鱗も貫ける」
「シロウ、そんなにそいつが大事か?」
「そんなの当たり前だろう?」
グレイの言葉に即答で返すと、グレイは一瞬瞳を伏せて、その後すぐに「分かった」と、頷いた。
「俺とバジルで囮になる、ヤツが後ろを向いたら駆け上がれ、ロウヤとウルはシロウの補佐だ」
さすがに年長者と言うべきか、グレイの言葉に逆らう者は誰もいない。即座に動いたバジルは魔物の眼前で刺さらないのは承知の上で挑発的にナイフを投げつける。
魔物の目は緩慢にだがバジルの方を向き、その隙を狙うようにグレイがその足を削ぎにかかった。囮+足止め、魔物の背後に回り込み、その背に爪を立てた。確かに鱗は硬いのだが、父が使っていたであろうその武具は、存外鋭利であるようで、魔物のその硬い鱗になんなく食い込んだ。
体の大きな魔物の痛覚は脳に到達するまでに時間がかかる、その爪でぶら下がるようにして足場を確保しまた這い上がる。そのうち魔物は何者かが自分の体をよじ登っている事に気が付いたのだろう、体を揺らすようにして払おうとするのだが、魔物の体にがっちり爪を立て、振り払われるものか! とへばりついた。
ウルとロウヤが、魔物の気を逸らすように攻撃を仕掛けると、魔物はそちらに気を取られ、私はまたその背を登り始めた。
魔物の急所には核がある。その赤い宝石にも似た核を砕いてしまえば魔物はもう分裂をする事も出来なくなる。核はただでさえ硬い魔物の後頭部、鱗が何重にも覆うようにして埋没していた。その鱗に爪を立てると表皮のような鱗は剥がれるのだが、一突きでは砕く事は出来なかった。
「くっ……」
けたたましい叫びを上げて、死に物狂いで暴れ出す魔物。私はそれにまたしがみつく。ここまできて振り落とされたらそれこそ皆の笑いものだ。
『格闘家』の免状を持っていても、私の役割はどちらかと言えば補佐である事が多く、それは自分の性格ゆえ、今まで前に出て行く事が出来なかった。
『筋は悪くないのだが、その性格では格闘家としてのこれ以上のレベルアップは望めないかもしれないな。なにせお前は闘争心がなさすぎる、これは格闘家としては致命的だ』
師事を仰いだ師匠はそう言って苦笑した。それでも、見捨てる事なく最後まで、その技と術を指導してくれた師匠に私は感謝しているのだ。
シリウスと共にいた時、私は前に出る必要がなかった。何故なら私の前には常にシリウスが立ち塞がっていたからだ。けれど、今は違う、私が前に立たねばスバルは簡単に魔物に食われてしまうだろう。
守らなければいけない、自身が守られていては守るべきスバルを守れない。
暴れる魔物、利き手と反対の爪を鱗に食い込ませて、体勢を整える。
「これで、トドメだっ!!!」
拳に力を込めて肉を削ぐように核を抉り取る。その核を握り潰すように粉砕すると、けたたましい咆哮を上げて魔物は暴れ狂う。だが、核を破壊してしまえば魔物はもう分裂もできない、囮になっていたグレイがその体を大剣で切り裂き、ロウヤもそれに続く。
轟く咆哮、だが次第にその声は小さくなり、魔物は倒れ、私は宙に放り出された。
「おい、大丈夫か? シロウ?」
転がる私に駆け寄って来たロウヤ。
「……やった……」
「ん?」
「やった! ロウヤ!! 私はこの手で、魔物の核を粉砕したぞ! 見たか、ロウヤ! 私は……!!」
「おま、ちょっと落ち着け! いや、興奮する気持ちは分かるけどな。すげぇよ、お前、まさか本当にやっちまうとは思わなかった」
興奮が治まらない。いつでも他人の陰に隠れ、何も出来ない自分の何もかもを諦めていた、けれど出来た。今まで近寄る事すら出来なかった巨大な魔物の核を粉砕できた。一人ではできなかった、だが、それでも物凄い快挙だ。
「よくやったな、シロウ」
グレイがポンとその大きな掌を頭に乗せてくる。子供扱いか!? と、思わなくもないが、今はいい。私はちゃんと成長している、それが分かっただけで充分だ。
「シロウ、これ、持ってけよ」
バジルが持っていたのは赤い石の欠片、これは魔物の核の一部か?
「お前の戦利品だ。売れるような物じゃないが、今日の記念だ」
バジルはそう言ってにっと笑うと、私にその石を投げて寄越した。
「魔物の核は魔道具の部品に使える場合もある、貰っておけ」と、魔闘士のウルは私の背を叩いた。私が倒した魔物の核。その小さな欠片を握りこみ、スバルを想う。
スバルが私を変えてくれた、シリウスと共に暮らしていた時には得られなかった高揚感。
叫びだしたい気持ちを抑えて砦を見やる。もう、砦までは目と鼻の先だった。
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