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「コテツ様、コテツ様! コテツ様!!」
「あはは、なぁに?」
興奮治まらない僕がコテツ様の名前を連呼すると、コテツ様は可笑しそうに笑みを浮かべて、僕を見やる。
だって、シロさんが魔物をやっつけた!あんな大きな魔物なのに素手で登って、何か背中のきらきらしたのを握り潰したんだ! そしたら、魔物が倒れて……凄い! よく分からないけどシロさん凄い!!
「シロさんがあんな大きな魔物を、倒すなんて!」
いつもへばっている僕を抱えて逃げ回るばっかりのシロさん、僕が足手纏いなのは重々承知の上で、それでもやはりシロさんはそこまで戦闘が得意ではないのだと思っていた。本人もそれは認めていたし、たぶん周りもそう思っている、でも、シロさんはやればできる男だった。
「シロウに惚れ直した?」
ぶんぶんと首を縦に振る僕は、もうシロさんに抱き付きたくて仕方がないよ。
「もう、すぐそこだから、いまに来るよ。ふふ……私も体裁を整えないと」
すっかり寛ぎモードに入っていたコテツ様が、立ち上がって身支度を整える。あぁ、そういえば、僕はコテツ様に攫われてきた事になってるんだっけ? 今になってみれば、そんなのどうでもいい気がするんだけど……
「あの、もしかして、僕がここでコテツ様と水晶球でずっとシロさん達を見ていた事はシロさんには言わない方がいい感じですか?」
「別にシロウには言っても構わないよ。ただシロウがうちの若衆を連れてきちゃったからね、次に彼等がこの試練にぶち当たった時、ネタバレしていたら面白くないだろう? シロウが来たら私は、若衆を連れて早々に撤退するから、後は二人でいちゃいちゃしたらいいよ」
コテツ様がぱちんと片目を瞑り、意味深な言葉を言ってのける。これってアレだ、最初に言っていた『命を危険に晒されると種の防衛本能が働くのか、この試練が終わった直後のアレって本当に激しいよぉ』って、アレだ。
僕の顔に朱が昇る。そんな僕を人の悪い笑みで見ているコテツ様、ちょっと意地悪だ。
「因みに帰る時はこの部屋で扉をイメージして、その扉が君達の帰る家へと繋がるよ」
この魔法の部屋は本当にとても便利仕様だ。誰が作ったのかな? コテツ様かな? 魔導師であるコテツ様の魔術は本当に凄い、僕もこんな風に簡単に魔法が操れるようになったらいいのに。
「コテツ様、もし僕に魔術を教えてくださいってお願いしたら、僕に魔術を教えてくださいますか?」
「ん? 別にいいよ。私はある意味それが専門みたいなものだからね」
「魔術の先生?」
「魔導師って言うのはその言葉の通り魔術という道に導く者だよ。魔術師は魔術が使えるだけの人、魔導師はその道を正しく導く魔術のプロフェッショナル」
「あれ? だとするとノースラッドのヨムさんより、コテツ様の方が資格的には上なんですか?」
「ヨム老師は私より上の『賢者』だよ。この世界でも賢者と名乗れる者の数は少ない、目立つ事を嫌うヨム老師はその資格をあまり公にはしていないから、知らない者も多いと思うけどね」
賢者……そうなんだ。ただの魔術師で魔道具屋のおじいさんだと思っていたのに、実はヨムさん凄い人だったんだ。
「スバル君がしばらくこの町に滞在する気があるのなら、私が面倒をみるのもやぶさかじゃないし、ノースラッドに戻るのなら師匠はヨム老師でもいいと思う。ただ、私は散々シロウを怒らせる事を言ったからね、シロウはすぐにでも君を連れてノースラッドに帰ると言い出すかもしれないね。とは言え、スバル君なら転移魔法もすぐに覚えられるだろうし、そうなったら転移魔法で通って来るという手もあるかな……」
そうか、確かに転移魔法が使えるようになれば、わざわざここまで徒歩でやって来る必要はなくなる。魔法って本当に便利!
「シロさんは僕が説得します! それに僕達、まだこの町にやって来た目的を全然全く果たせてないですし、まだ帰らないですよ」
「あぁ、そういえばビットから聞いているよ。確かシリウスが持っていた、何か不思議な魔道具? の中身が知りたくて来たんだっけ?」
「はい、これなんですけど……」
僕は鞄の中に押し込んだ巾着袋の中からSDカードを取り出してコテツ様に見せてみた。
「へぇ、こんな魔道具、私も初めて見たよ。この中に何かが入っているのかい?」
「たぶん恐らく……これと一緒に写真も入っていたので、たぶんこれのデータじゃないかと……」
僕は続けて写真の印刷されていた紙を手渡す。そこに映った画像にコテツ様もビットさん同様の驚いたような反応を見せた後に、ある一枚の写真を指差し「この場所には見覚えがあるね」と、そう言った。
「え!? 本当ですか!?」
コテツ様が指差した写真、それは風景写真だった。誰かを被写体に撮ったと言うよりは、街並みを撮ったような写真で、どうやらその光景にコテツ様は見覚えがあるらしい。
「うん、これ中央(セントラル)だよ。ここのほら、大きな建物があるだろう? ここに人が住んでいる」
手前は市場っぽい風景なのだが、その写真の奥、そこには城のように聳え立つ建物が見て取れた。この写真では一部を切り取られているだけなのでその大きさは窺い知る事もできないのだが、どうやらそこが『人』の暮らす場所なのだとコテツ様はそう言った。
「中央……」
「こっちの可愛い子達はスバル君と……シリウス?」
「いえ、僕と僕の双子の兄の北斗です」
「え? あれ……? でも、これどう見てもシリウスだよね?」
「僕はシリウスさんを知らないので、なんとも言えないんですけど、こっちが僕でこっちは北斗のはずなんです。僕の家にも似たような写真が残っているので、それは間違いないはずなんです」
「でも、君はさっき君のいた世界には私達みたいな者はいないと言ってなかった? この子には猫耳があるけど? 君の世界にはこういう子はいないんじゃなかったの?」
コテツ様の疑問は的を射ている。確かに僕の世界の人間には頭に耳は生えていない。だから僕はそれをただの飾りだと思っていたのだ。だけどもしかしたらそれは本当に今の僕のように直接頭に生えている耳である可能性を今となっては僕は否定出来ない。
「まだ、はっきりしないんですけど、もしかしたら僕の兄の北斗がこの世界のシリウスさんである可能性を僕は否定できません……」
「あれ? だったら君の世界のホクト君は?」
「両親が離婚して、北斗は父に引き取られました。だから僕はこの頃から北斗に会っていないんです」
「へぇ、そうなんだ? 不思議だねぇ?」と、コテツ様は小首を傾げた。
「だとしたら、君は異世界からこの世界にやって来たと言っていたけど、もしかしたら君の元居た世界とこの世界はどこかで繋がっているのかもしれないね。というか、むしろ同じ世界だったりはしないの? 君はもしかして中央からやって来ただけだったりとか……?」
「そんな筈は……だって僕はこんな建物を見た事がありません。これは中央なんですよね?」
「うん、それは間違いないと思うよ」
「確かに僕の住む世界には『人』しかいなかったですけど、まさかそんな事ってあります?」
僕の暮らす世界は狭い。何故なら母が職を変えるたび、あちこちに連れ回されはしたが僕はそのほとんどを覚えていないからだ。僕の生活は家と預けられる施設との往復で、今でこそ自由に1人で行動も出来ているけれど、それは暮らしていた街の中限定で、1人で街の外に出た事もない。
ただ、それでも毎日のように見ていたTVの中には広大な世界があったし、地球が丸い事だって僕は知っている、この世界は僕の暮らしていた世界とは似ても似つかないのだから、僕の暮らしていた街が『中央』だったなんて、そんな事はないはず……ないはずだけど……
だけど僕の確信は僕だけのもので、誰もこの世界でそれを肯定してくれる人間なんていないんだ。そして僕の兄である北斗がシリウスさんであるのなら、やはり僕の世界とこの世界はどこかで繋がっているのだと、僕は信じざるを得ないのだ。
謎は増える一方で、僕が頭を抱えていると、俄かに大きな声が聞こえた。
「スバル! スバル、何処だ!?」
「あ、シロウが来たね。それじゃあ、私は行ってくるよ、スバル君はもう少しここで待っていてね」
そう言い置いてコテツ様の姿が掻き消えた。あぁ、これが転移魔法? 僕にもこれ、できるようになるのかな?
少し、待っていてと言われても、どのくらい待っていればいいのか分からない僕は途方に暮れる。思っていたよりシロさんの南の砦への到着は早くて僕はそわそわしてしまう。
どうにも落ち着かない僕はぽんとひとつ拍手を打つ。すると、部屋の壁のランプがぽっと灯った。うん、いい感じ、ちょっとしばらく練習してよ……
僕は無心で拍手を打って、ランプの点灯を繰り返す。コテツ様は、これは倣い癖だと言っていたので、数を重ねれば重ねただけ術は安定するはずだ。
最初のうちは点いたり点かなかったり、ランプの明かりが大きくなりすぎたり揺らいだりと、安定しなかったのだけど、無心に点灯を繰り返していたら、だんだんその灯りは安定してきて、僕はその拍手でランプの明かりを調節する術をマスターした。
ちゃららん! とレベルUPの音楽が聞こえてきそうだよ、やったね! ランプの点灯程度で喜んでちゃ駄目だけどね。
「スバル!!」
僕がご満悦で、ランプの点灯を繰り返していると、何もなかった壁に突然すうっと扉が現れ、その扉を蹴破るようにしてシロさんが飛び込んできた。
「あ、シロさん」
僕がにっこり微笑むと、何故かシロさんは拍子抜けしたような表情だ。
「スバル、大丈夫か! 怪我は!?」
シロさんが掻き抱くようにして僕の体を撫でながら、怪我がないかの確認をしてくれたのだけど、僕はそれがくすぐったくてまた笑ってしまう。
「ないよぉ、だって僕、何もしてないし」
「だが、コテツ様に無体な尋問を受けていたんだろう!」
「ううん、一緒にお茶飲んで、シロさん待ってた」
「……あ?」
どうにも間抜け面のシロさん。うん、なんの事情説明もされていないんだね。
「シロさんはたくさん怪我してる。ごめんね、大変だったよね」
大怪我と呼ぶほどの怪我はしていないシロさんだったのだけど、小さな擦り傷、かすり傷は無数にシロさんのその綺麗な白い毛並みを汚していて、僕はその傷を撫でる。
僕、回復魔法だって少しは使えるんだよ。元の綺麗なシロさんの毛並みをイメージして傷の修復、僕の撫でたシロさんの腕は綺麗な毛並みに戻っていった。
「うん、綺れぃ……っ、ふ」
突然腰を引かれて口付けられた、それは少し強引で、いつものシロさんらしくもないのだけど、僕はその少し激しすぎるシロさんの口付けを受け入れた。
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