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一方その頃シロさんは……
「シロさ……」
泣きだしそうに私を呼ぶスバルの声、縋りつくように伸ばされた手、その手を私は掴んだつもりだったのに、扉の向こうの謎の光る触手にスバルの身体は繭のように包まれて、その声を最後にスバルは私の前から消え失せた。
スバルが扉の中に飲み込まれ消え失せた瞬間、扉は元の扉へと戻り、その向こう側はただの階段の続く回廊となった。それはこの砦そのものの造りで、この扉は何処にも繋がってなどいなかったかのように、しんと静まり返った。
「スバル……」
茫然自失で呟いた。だが、応える声などありはしない。
「スバル! スバル! 何処だ!?」
その螺旋階段を駆け下りて、砦の入り口へと向かうのだが、やはりそこにも誰もいない。へたり込みそうな自分を叱咤して、きっと顔を上げた時、ごごごと地響きを鳴らし地面が揺れた。
「なっ……」
この土地は地震が多い、今までも地震は何度もあったが今回の地震は立っているのがやっとくらいの大きな地震でその不穏さに眉を顰める。あの時もそうだった、スバルがヨム老師の店で扉を開けた時、あの時もやはり地震が起こって魔物が現れたのだ。
ふいに螺旋階段の上、先程まで自分達がいた部屋から何かが壊れるような音が聞こえた。
「スバル!?」
慌てて部屋に戻ろうと階段上部を見上げると、そこからは無数の魔物の腕と思われる触手がぬるりと大量に伸びてきた。
「!?」
今度は自分自身絡めとられそうになって、腕を払う。これは一体何なのだ! 一体何が起こっている!?
「シロウ!!」
その時かかった声、コテツ様がそこにいた。
「シロウ、これは一体どういう事!? 何が起こっているんだ!?」
「そんなのこっちが聞きたいくらいだ!!」
「スバル君は!?」
「触手に絡め取られて、扉の向こうに……」
「そんな馬鹿な……」とコテツ様は青褪めたのだが、伸びてきた触手に分が悪いと判断したのか私の腕を掴んで何かを唱える。
「待ってくれ、まだここにはスバルが!!」
「スバル君はここにはいない、いったん集落に戻るんだ!」
「そんな……」
問答無用のコテツ様の転移魔法で私は集落に戻された。戻った町の様子は、何故かどこか浮かれ気味で、まるで祭りの準備でもしていたかのように綺麗な飾りつけが施されている。
「これは……」
「母さん、突然どうしたんだ? さっきの地震、何かあった? あれ? シロウ?」
呑気な声音のロウヤの手には何故か煌びやかなモールが握られている。
「シリウ……じゃない、スバルは?」
「それどころじゃない! 魔物が町にやって来る!! 戦闘準備だ! ロウヤ! ウルも町中に警戒の鐘を!!!」
コテツ様の剣幕に何かが起こった事を察したのだろう、モールを投げ捨て弾かれたようにロウヤが駆け出した。それに続くようにその辺に居たのだろうウルも駆け出し、町中に緊急事態の鐘が鳴り響いた。
町の堅牢な城門が閉じられる。普段は軽い結界が張られているだけの町の上部に、自分が見ても分かる程のぶ厚い結界が張られていく。
こんな事は今まで一度として経験した事がなかった私は戸惑う、一体何が起こっている?
そしてスバルは一体何処へ?
「シロウ、お前は詳しい状況を聞かせておくれ」
町に結界を張り終えたのだろうコテツ様が私に向かってそう言った。詳しくも何も、自分自身何が起こっているのかも分からないのに、一体何を説明すればいいと言うのか……
「スバルと共に砦を出ようとしたのです。あの部屋の扉は転移門(ゲート)になっていたのですよね?」
「そうだよ、あの砦自体に私の魔術がかけられていて、あの扉はお前達の家に繋がる転移門(ゲート)になっていた。だけどそのゲートに誰かが干渉したのが分かったから、私は砦に向かったんだ」
「干渉?」
「あぁ、魔力というモノにはそれぞれ個性が出るものでね、私達魔導師クラスになれば誰がその魔術を使ったのかや、その痕跡を追って追跡だってできるようになる。自分の施した魔術に干渉する輩が現れればそれもちゃんと分かるようになっている。あのゲートに何者かが干渉したのは間違いない」
「それは一体誰が!? コテツ様なら分かるのですね! だったらスバルを! スバルを早く見付け出してください!!」
けれど、コテツ様は渋い表情で首を振った。
「それを辿るのは繊細な作業でね、あんな魔物が溢れかえった場所で追跡するのは難しい。しかも時間が経てば経つほど痕跡は消えていく」
「そんな……」
「だから、スバル君がその干渉者に攫われたと言うのなら、一刻も早く魔物を倒さなければならない。全ての手がかりが途絶えてしまう前に、だが……」
どこかでバチバチと花火の爆ぜるような音が響く。見上げれば、結界に阻まれているのだろう魔物がその結界に張り付くようにしてこちらをぎょろりと見やった。
そいつは今まで見た事もない程の大物の魔物で、血の気が引いた。
「アレは……」
「ここまでの大物は久しぶりだよ。一体何処から湧いて出たのやら」
「あんなデカブツ倒せるんですか!?」
「やらなきゃ町がなくなる。でも大丈夫、皆がいるから」
警鐘の鐘に武装した者達が次々に駆けて行く。きっと町の長、ラウロ様の元へと向かっているのだろう。
「私達も行くよ、さっさと倒して君のお嫁さんを取り戻さなけりゃ、せっかくの結婚式の準備も台無しだ」
どこか華やかに飾り付けられた町、ロウヤも何やら飾り付けをしていると思っていたら、そういう事だったか。どうやら、彼等は戻ってきた私達を祝う為の準備をしていてくれたらしい、だがそんな飾り付けも準備半ばで放置され、中には無残に踏みにじられたようなものまで散見されて悲しくなった。
スバル、お前はどこに消えた? 私は一体どうすればいい、スバル……
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