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その魔物との戦いは一昼夜続いた。集落の者達が全員一丸となって、どうにかこうに討ち果たしたその魔物は今まで見た事もないような大物で、それを討ち果たした時には皆疲労困憊、言葉もなくただ呆然と立ち尽くしていた。
「こんな魔物がまだこの世界にはいたのだな……」
「冗談じゃない! こんなのが今後増えたらと思うと、もう生きていくのにも嫌気がさすわ!」
皆の想いは様々で、魔物を倒した事を喜んでいる者ももちろんいるのだが、何か絶望したような瞳を世界の果てへと向ける者もいて、その心中は複雑だ。
「シロウ、大丈夫か?」
声をかけられ顔を上げると、そこにはグレイが大剣を担いでこちらを見ていた。
「難儀だったな……」
哀れむようなグレイの瞳。スバルがあの魔物に攫われた事をグレイも既に知っているのだろう。スバルは何処にもいない、どこにもその姿を見つける事ができない。
「だが、嫁ならまた……」
「! またとは何だ!? スバルはこの世界に一人しかいないのだぞ! 代わりになる者などいやしない、スバルは! ……スバルは…………」
死んでしまったのだろうか? 魔物に喰われてしまったのか? そんな現実には耐えられない、そんな事がある訳がない!!
「スバルはあの魔物が現れる前に何処かへ引きずり込まれたのだ、スバルは必ずどこで生きている、決して死んでなど……」
死んだなどとは思っていない、スバルは生きていると信じている、それでも悔し涙が頬を伝う、私はスバルを守れなかった……
「シロウ……」
ふらりと立ち上がり、家へと向かう。誰にも会いたくはなかった、哀れむような瞳も見たくはない。激しい戦闘で身体中傷だらけだ、魔物の血も大量に浴びていてボロ雑巾のようなこんな姿をスバルには見せられない。
スバルはいつでも笑っていた。私の毛並みが綺麗だと、そう優しく私のこの毛皮を撫でてくれていたのだ。こんな薄汚れた姿をスバルには絶対見せたくない。
家に帰りひたすら身体を洗った。洗っても洗っても生臭い匂いは消えてはくれず、苛立ちは募る。
自分はとても疲れている、少しだけ休もうとベッドに潜り込んだのだが、目は冴えるばかりで眠気はやってこない。
自分はこの尾にかけてスバルを愛すると誓ったのだ、なのに何故今ここにスバルはいない? 何度も何度も繰り返される、スバルが扉の向こうへ消えた瞬間の記憶に私は呻くように叫んでいた。
スバル! スバル!! スバル!!! お前は一体何処にいる!!
訳も分からずふらりと起き上がり、父の部屋へと向かう。何かの手がかりがそこにあるのではないかとそう思ったのだ。
得体の知れない魔道具、シリウスとスバルの関係も未だによく分からないまま、スバルには何か秘密があるのだとそう思う。
ふいに何か声が聞こえた気がした。見やれば父のあの得体の知れない魔道具が光っている。そしてその画面の向こうに映っていたのは……
「スバル!?」
「え? 誰?」
画面の向こうのスバルが驚いたようにこちらを見やった。
「やはり、スバルか! 無事だったのだな……」
「え……えぇ!? もしかしてシロさん!!?」
「スバル、もっとよく顔を見せてくれ」
「え? 顔?」
困ったような表情のスバル。だが見える範囲でスバルに怪我はないように思える。無事だった、やはりスバルは生きていた!
「昴、どうした? 何か分かったのか?」
「なんか、向こうと繋がった……」
誰か知らない人が画面の向こう、スバルに声をかけている。これは一体誰だ? 思わず私が問うと、スバルは私の大好きな笑みでその人は母親だとそう言った。
「こっちからはそっちが見えないんだけど、シロさんの側からは見えるんだね。この人は僕の母さんだよ。ついでに僕と北斗……っと、シリウスさんね、双子だった! シリウスさんは北斗だったんだよ! 僕の父さんそっちの世界の獣人で名前はクロームって言うんだって!」
私はスバルの発したその獣人の名に、思わずその魔道具を取り落とした。何故ならその名に私は聞き覚えがあったからだ。
『クローム』それは、間違いがなければこの大陸中に名を響かせた『魔王の使い』と呼ばれた大賢者の名前だ。今は囚われ中央で厳しい監視下で投獄されていると聞いている。
「待て、スバル、それは本当の話なのか!?」
「うん、そうみたい。僕も驚いた」
「まさかと思うが、クロームとは『大賢者クローム』の事なのか?!」
「あれ? シロさん知ってるの?」
「知ってるも何も、この大陸中、いや、この世界でその名を知らぬ者などいない大悪党だろう!!」
少し驚いたような表情のスバル。知らなかったのか? いや、知っていたのか?
「あのね、シロさん、それ、全部誤解だからね?」
スバルの言葉に「誤解なのか!?」と言葉を返したのだが、急に画面の光が薄く明滅しだして私は慌てる。
「な! 待て、ちょっと待ってくれ! スバル!!」
だが、無常にもその光は淡く淡く、そしてついには消えてしまった。
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