一方その頃シロさんは……

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ひょんな事からスバルが無事なことは確認ができた。やはりこの父の魔道具は何かスバルと関係している物なのだろう。今は微塵も動かないこの魔道具だが、もしかしたら自分には分からない魔術を扱う人間にのみ分かる仕掛けのような物があるのかもしれない。 居ても立ってもいられずに私はそれを抱えて駆け出した。ビットはそんな魔道具は存在しないと言っていたが、きっとコテツ様ならこれがどんなモノか分かるはずだ。 「コテツ様! コテツ様!!」 族長の館の扉を叩く。時間は昼を少し回った所だが、一昼夜の戦いで誰しも皆が疲弊していて休んでいるのだろう、辺りに人の気配もしない。それでも私はその扉を叩かない訳にはいかない。スバルの手がかりを掴めるのはこの町にはコテツ様しかいないのだ。 「うるさい! 何用だ! 現在族長ご夫妻は御体をお休めになっている、誰にもお会いにはなられない、さっさと立ち去れ!」 恐らく使用人だと思われる者に扉の向こうから怒鳴られた、だがそんな事で怯んでなどいられない。 「そんな事は重々承知で訪ねて来ている! お願いだ、開けてくれ!!」 「お前も分かっているだろう! 一昼夜の戦闘で奥方様は疲労で寝込んでおられる、明朝に出直してこい!」 扉は堅く閉ざされたまま、その後はいくら門を叩いても、使用人すら出てきてはもらえず、焦る気持ちで叫びだそうとした時「シロウ?」と声をかけてくる人影に私は声の主を見やった。 「ウル……」 族長の家の使用人でもあるウルの住まいは屋敷の脇で、私の声に気が付いたのだろうウルが家から顔を覗かせていた。 「何を騒いでいるのです? そうでなくても今はまだ皆の気が立っている、急用でもないのなら明朝出直しておいで」 「そんな事は分かっている、急用に決まっているだろう!」 「そうがなり立てないでください、うるさくてかなわない。そんなに急の用件なら理由くらいは聞いてあげましょう、一体コテツ様に何用ですか?」 「スバルが生きていた! この魔道具の向こう側にスバルがいる、その場所をコテツ様に教えていただきたいのだ。きっとコテツ様ならスバルの居場所が分かるに違いない!!」 ウルが怪訝な表情で私が腕に抱えたその魔道具を見やる。 「その板切れが魔道具? そんなもの、今まで見た事もないですよ」 「そんな事は分かっている、だが、確かにさっきここにスバルが!!」 「分かった、分かりました……はぁ、ですがやはり今それをコテツ様に見ていただくのは不可能ですよ。戦闘での消耗が激しくて完全に寝込んでおられる、半獣人は獣人ほどタフに出来ていないのは知っているでしょう? きっとラウロ様も面会を許しはしない。お前が伴侶を取り戻したい気持ちは分かりますが、伴侶が大事なのはラウロ様も同じなのですよ」 言われてしまえば確かにその通りだ。ラウロ様にとってのコテツ様は私にとってのスバルと同じ、その身を案じて休ませたいと思う気持ちは理解ができる。だが、私の気は焦るばかりで、帰れと言われて素直に帰ることもできやしない。 そんな私の気持ちを察したのか、ウルが「少しお話しお聞きしましょうか?」と私を家に招いてくれて、私は落ち着かない気持ちでウルの家へとお邪魔する事にした。 「それで、その魔道具は一体どこにあったのです?」 「これは父の私物だ」 私の言葉に「そうですか……」とウルはその魔道具を見やる。 「少し見せてもらっても……?」 「あぁ」 私がそれをウルに手渡すと、ウルはそれを眺め透かしつ首を傾げた。 「微量の魔力の流れを感じますが、私ではやはりこれがどんな代物なのかまでは分かりませんね」 ウルは『魔闘士』で攻撃系の魔術を得意とする魔術師の一種だが、「少なくともこれは武器ではなさそうです」と頷いた。 「そんな事は分かっている! そこのガラス面だ、そこにスバルの姿が映し出された。何か情報のようなものをやり取りする、これはそういうモノなのだと私は思う」 四角い枠にガラスの嵌った板切れ、そんなモノを今まで見た事はないが、きっとそれはそういう物なのだ。 「あと……そうだ! 大賢者クローム!!」 その名前にウルはぴくりと反応を返し、顔を上げた。 「その名を口にするのは、あまり感心しませんね。この世界を滅ぼそうと企む魔王の手下が何かこの件に絡んでいるとでも……?」 「もしかしたら、絡んではいるのかもしれない。スバルは自分がそのクロームの子供なのだとそう言った。だが……」 「クロームが悪党だというのは誤解だと言っていた」と続けようとしたら、ウルが険しい表情でこちらを見やる。 『大賢者クローム』それは十数年前大量の魔物をこの大陸に招き寄せたという罪状で囚われている罪人だ。そんな罪人が何故処刑もされずに囚われの身のままなのかと言えば、それはひとえに彼が『大賢者』であるが故だ。 大賢者は魔術を扱う者の中で最高位の位であると言っていい。大賢者と呼ばれる者はこの世界に三人しかいない。一人目が『大賢者ヨセフ』二人目が『大賢者カトリーヌ』そして三人目が『大賢者クローム』だ。 三人はそれぞれ特別な魔術を扱う。大賢者は一人一人が国を滅ぼせるほどの強大な魔力を持っているのだが、その力を私利私欲に使う事なく、この世界を守護していた。 けれどやはりその力は強大で、抑止力としてお互いがお互いを見張ることでこの世界は均衡を保っていたのだ。 けれどその均衡はクロームがその魔力を己の欲に利用しようとした事で崩れてしまった、クロームはこの世界に魔物を呼び寄せ、世界の3分の1を闇で覆ってしまった。ガレリア大陸は大賢者ヨセフの守護のもと、まだ平穏を保っているのだが、現在父が在籍しているガレリア調査団が赴いている東の大陸イグシードはガレリア大陸とは比べものにならないほどの魔物が跋扈していると聞く。 クロームはこの世界に魔物を呼び寄せはしたが、その守護魔法もまだそれでも生きていて、それはクロームの魔力により維持運営されている。その為、中央の官吏はクロームを殺す事が出来ないのだそうだ。 その守護魔法は大陸イグシードから魔物が溢れ出すのを防いでいる。今その魔法陣を解いてしまうと世界中に魔物が放たれてしまう、それはこの世界の安寧のために絶対に避けなければならい事で、だからこそ、その魔法陣を維持できる新たな大賢者を探す為、中央は躍起になっているという話も聞いた事がある。 クロームが死んでしまえばその守護魔法も消えてなくなる、それを防ぐ為クロームは中央で眠りにつかされ幽閉されているのだそうだ。新たな大賢者が現れるまで、クロームは死ぬ事なくその魔力を魔法陣に注ぎ、この世界を守り続けるのだ。 「お前の嫁が……クロームの子供……?」 ウルの瞳が暗く揺れる。 「いや、それは誤解で……」 「誤解なのか?」 「えっと、いや……クロームが魔王の手下だというのが誤解だとスバルが……」 「お前は! 敵側の言葉をそんなに簡単に信じてどうする!! 分かったぞ、合点がいった、あんな巨大な魔物が出現した理由、それは大賢者クロームが何らかの方法で子を使い、この町へと魔物を呼び寄せたのでしょう! この世界を滅ぼす為に!!」 「え……」 そんな事を言われるとは思わなかった私は戸惑う。あの時、スバルが攫われた時だ、スバル自身もとても怯えて泣いていた、そんな悪党の手引きのような事がスバルにできるわけがない! 「ウルはスバルが魔王の使いの仲間だとでも言いたいのか!?」 「そもそもおかしな話だった、お前のその『スバル』の姿はシリウスの物で、お前はそのスバルの真の姿も知らないのだろう! そしてそうなってしまったのは魔物討伐の折に言葉を解する魔物にやられたのだとそう言っていたな。その魔物自体がもしや魔王であったのではないのか!?」 ウルの言葉に目を見開いた。 『そんなはずがない、スバルが魔王の手下でなどある訳がない!』と、そう思う気持と『まさか……』と思う気持ちが拮抗する。 確かにスバルが魔物を呼び寄せたのはこれで二度目、一度目はヨム老師のもとで、そして今回も。そもそもあんな風に魔物に攫われ、スバルが無事な姿でいた事もおかしな話ではある。 「シリウスの身体は魔王の手下に乗っ取られていたのでしょう、お前の言う『スバル』という者自体がまやかしであったと考えた方がしっくり来る。魔王は東の大陸イグシードだけでは飽き足らず、ついに我が大陸ガレリアにも手を出そうとしているのです」 「そんな、馬鹿な……」 穏やかに笑う可愛いスバル、歳より少し幼げで「シロさん、シロさん」と私を撫でてくれたあの姿が全てまやかしであったとそう言うのか? 私は操られていたのか? この世界に魔物を呼び寄せる為に……? 「そんなはずは……」 「この魔道具、預からせてもらう。これはきっと危険な代物に違いない。それこそ、これ自体が魔物を呼び寄せるゲートにだってなりかねない」 それは現在唯一私とスバルを結ぶ物、けれどそれをウルに取り上げられて私は絶望した。
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