僕と母さん

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僕と母さん

ずいぶん久しぶりに母さんとたくさん話し込んだ。母は多くを語らない人だ、けれど僕が向こうの世界にいた事を知ると、今まで話したくても話せなかった事もあったのだろう、堰を切ったように話し続けた。 シリウスさん……ううん、北斗が持っていたお守りはやはり母さんが北斗に持たせた物だった。 「万が一の為に持たせた物だったのだけど、結局あまり役には立たなかったね」 そう言って、母はお守り袋を見やった。 「役に立つも立たないも、向こうにはパソコンもスマホもないんだよ、こんなSDカードだけ持たされたって、北斗だって困るだろ?」 「これは私達の目印さ、向こうにない物だからそれを持っていればこちらは一目で北斗だと分かるし、中身を見せれば納得してもらえると思った。だが、どうやら北斗はそれを一度も開けたことがなかったらしくてね『何だそれ?』と言われてしまったよ。お前と北斗の写真も印刷して一緒に入れておいたのにねぇ……」 母は溜息を吐くようにそう言った。 SDカードの中身は母の育児日記、そしてあの印刷されていた写真の画像データ等他にも複数、そして、向こうの世界とこちらの世界の比較研究資料だった。 「懐かしいね、もう内容もだいぶ古くなってしまったけれど……」 母は資料を眺めてそう言った。「なんでそんなモノを?」と尋ねたら、父と意気投合して作った資料だと母は言った。 「研究好きという点では気が合ったのよね、私たち」 母が微かに微笑む。なんだかとても珍しいモノを見た気がする。 そんな昔話のような話を聞いていると、ピンポンと家の呼び鈴が鳴らされた。母の表情が少し曇って、クロを膝からおろし立ち上がった。 「あなたは出てきては駄目よ」 それだけ言って母は玄関へと足を向けた。だけど、僕は誰が来たのか少し気になって、忍び足で玄関へと続く扉の傍で聞き耳を立てる。 「大樹(だいき)君……どうしたの?」 「警察で昴は家に居ると聞いたので」 玄関から聞こえてきたのは歳若い男性の声、僕はその声と名前で誰が来訪したのかすぐに分かった。橘大樹(たちばなだいき)、美鈴の2歳年上のお兄さん。僕とももちろん面識のある彼は、いつもは気さくで僕にも気軽に声をかけてくれる陽気な男性なのだが、どうにも今日はその声が沈んでいる。 それもそうだ、大事な妹が昨夜から行方不明、きっと彼は藁にも縋る思いで我が家を訪ねてきたのだろう。 「昴と話をさせてもらえませんか? 今のところ手がかりとなりそうなのは昴の目撃情報だけなんです」 「ごめんなさい、大樹君。昴はまだ人に会える状態じゃないの。記憶が混乱しているみたいで、今は安静にさせてあげて欲しいのよ」 「ですが……!」 「美鈴ちゃんの事は私も昴に聞いてみます、だけど、ごめんなさい、今は会わせられない。何か昴が思い出すようなら、必ずお知らせするから、今日の所は引き取ってもらえないかしら?」 母の言葉に大樹は「分かりました」と、帰っていった。母はまたひとつ大きな溜息を零す。 「母さん……」 「美鈴ちゃんと北斗はたぶん恐らく一緒にいるのだと思うのよ、でも確証ではない。そして、お前をこちらに連れて来ることでまた門(ゲート)が開いたのだとしたら、もしかしたら……」 「2人揃って向こうの世界に行っちゃった……?」 「なくはない話だわね」 母はそう言って、やはり困ったような表情だ。 「向こうの世界と何か連絡取る方法とかないの? そうだよ、ねぇ、そういうのあるはずだよね!」 「んん? そんな手段ある訳ないだろう」 「でも、シロさん言ってたんだよ、ジロウさんの魔道具でシリウスさんと喋ったって! だから、何かで交信は出来たはずなんだ!」 「そんな話しは初耳だが? それはいつの話だい?」 「僕がこっちの世界に戻ってきたのが昨日なら、一昨日のはずだよ」 「一昨日……」 母が眉間に皺を刻んで考え込む。 「そんなモノがあるという話しは聞いた事はないけれど、クロームの私物の中に何かそういうものがあるのかしら……」 「父さんの私物? 父さんは精神だけでこっちにきたって言ってたけど、何かそういう物を持ってたりするの?」 「それでも、こちらに暮らして10年以上、ほとんどの時間を猫として暮らしていても、時には元に戻ってなにかやっている事もある。獣人の姿は止めてくれと言っているのに、その姿を晒して何度引越しを余儀なくされたか……」 母がまた盛大に大きな溜息を吐く。幼い頃は母の仕事が変わるたびに引越しをしていた、だがもしかして『仕事が変わるたび』なのではなく、正体のばれてしまった父さんを隠して逃げる為に職場を変えざるを得なかったのか? 「父さんって、もしかして困った人?」 「もしかしなくても困った獣人だ」 ここにきて母の気苦労が垣間見える。猫のクロは相変わらずマイペースだけど、もしかして父さんもそういう人……獣人だったりするのかな? 「父さんの私物ってどこにあるの?」 「私の寝室だよ、見るかい?」 母に促され、僕達は母の寝室へと足を向けた。基本的に僕の部屋とそう大差のない広さの母の部屋、僕は母の部屋に足を踏み入れたことはほとんどない。 「そのクローゼットの端に置いてあるガラクタがクロームの私物だよ」 そこに置かれていた物、母は『ガラクタ』と言ったが、それは間違えようもなくガラクタで、ぱっと見何に使う物なのかさっぱり分からないような物が所狭しと小さな戸棚に置かれている。 「これなに?」 「私にそれを問われてもな……」 不思議な色の石ころ、何の変哲もない木の枝、何かが書き付けられた紙の束、何か得体の知れない液体の入った小瓶、何もかもが謎過ぎる。 「あれ? これ……」 そこには小さなノートパソコン。母と共有で使っているパソコンよりずいぶん古い型に見えるそれは、本体も傷だらけで動くのかも怪しそうな代物だった。 「それ、クロームがゴミ捨て場から拾ってきたのよ。そんな壊れたパソコンどうするの? って言っていたのだけど、まだあったのね。それ、そもそも電源も入らないはずよ」 母の言葉に僕はそのノートパソコンをぱかりと開いた。これは本当に見事なガラクタで画面にひびも入っている。正直ここにある物の中で一番のゴミだと思われるのがそのパソコンで、僕は首を傾げた。ものは試しに電源ボタンを押してみるが、やはりうんともすんとも言わなくて、僕はそれを元の場所へと押しやろうとしたその時「スバル!?」と名前を呼ばれて驚いた。 「え? 誰?」 『やはり、スバルか! 無事だったのだな……』 「え……えぇ!? もしかしてシロさん!!?」 その声は確かにその壊れたパソコンから聞こえてくるのだが、やはりそれは電源も入ってはおらず(そもそも電源コードが繋がってない)どうして声が聞こえてくるのかも分からないのだけど、その声を僕が間違えるはずもない。 『スバル、もっとよく顔を見せてくれ』 「え? 顔?」 そのノートパソコンに電源は入っていない、もちろんこちらは向こうがどうなっているのか全く分からないのだが、その向こう側のシロさんには、どうやら僕の姿が見えているらしい。 このパソコン、どこかにカメラでも付いてるのかな? 「昴、どうした? 何か分かったのか?」 「なんか、向こうと繋がった……」 驚いた母がパソコンを覗き込んでくると、シロさんが「それは誰だ?」と怪訝な声。 「こっちからはそっちが見えないんだけど、シロさんの側からは見えるんだね。この人は僕の母さんだよ。ついでに僕と北斗……っと、シリウスさんね、双子だった! シリウスさんは北斗だったんだよ! 僕の父さんそっちの世界の獣人で名前はクロームって言うんだって!」 瞬間、シロさんが何やら慌てたような様子が物音から伝わってきて僕は首を傾げる。 『待て、スバル、それは本当の話なのか!?』 「うん、そうみたい。僕も驚いた」 『まさかと思うが、クロームとは大賢者クロームの事なのか?!』 「あれ? シロさん知ってるの?」 『知ってるも何も、この大陸中、いや、この世界でその名を知らぬ者などいない大悪党だろう!!』 あれ? あぁ……そういえば父さん、今投獄されてるって、そういえば母さん言ってたっけ? 魔物を呼び寄せた魔王の使いだっけ? でも、それ全部誤解だしなぁ…… 「あのね、シロさん、それ、全部誤解だからね?」 『……! …………!?』 そこまで普通に話していたのに、急に音声が聞こえなくなった。しばらくはノイズが走っていたのだけど、そのうちしんと静まり返って、今度こそパソコンはうんともすんとも言わなくなって、改めて壊れてしまったのかと、僕はパソコンをあちこち弄るのだけど、やはりそこからもう声は聞こえない。 「壊れちゃった……」 「いや、それは最初から壊れていたはずだから、今更壊れることもないはずなのだけど……」 母も不思議そうにそのパソコンを覗き込み「これには何かクロームの魔術でもかかっているのかもしれないね」と、そう呟いた。 「でも、とりあえずシロさんも無事でほっとしたぁ~」 「今のが、ジロウの息子なのかい?」 「そう、シロウさん。僕は『シロさん』って、呼んでる。真っ白で綺麗な狼だよ」 「白い狼なのかい?」 「うん、すごくもふもふで綺麗だよ」 「それは、クロームと同じだね」 「え? そうなの?」 「クロームはユキヒョウでね、豹の中でも少しばかり毛が長い。それはもうふわふわのもふもふで……」 母が何やら興奮したように語り出した。そっか、母さんももふもふ好きなんだね。もしかして僕達似た者親子かな? 普段あまり会話のない冷めた親子関係だと思っていたのだが、なんだかそんな母は可愛らしくて、僕は思わず笑ってしまった。
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